PR

大学時代、いちばん苦手だった「児童福祉」で働くことになった記録【児相の児童福祉司】

zidouhukusi_zisou_zidouhukusisi
スポンサーリンク

現在、私は児童相談所で児童福祉司として働いています。
正直に言えば、望んでその職に就いたわけではありません。

大学時代を思い返せば、児童福祉は一番関心がなかった科目でした。
成績も、正直あまり良くありませんでした。

ただ、現在の社会情勢や社会福祉の状況、子どもたちが置かれている環境、親の置かれている環境、子どもの権利の保障、児童虐待に対する認知度の向上、件数の増加、環境の変化、テクノロジーの進化など、
さまざまな変化とニーズの高まりがある中で、私は今、児童福祉司として求められ、その職務に向き合っています。

筆者:ぱーぱす(社会福祉士・精神保健福祉士)
自治体で働くソーシャルワーカー。児童相談所などでの実務経験をもとに発信。
スポンサーリンク

成績は悪くなかったが、授業には身が入らなかった

思い返せば、大学生の頃の私は、成績自体は大学の中ではわりと良い方でした。

正直、授業中はよく眠っていましたし、集中していなかったですね。授業というものを「つまらない」と感じることが多く、この先生の話は聞きたい、と思える教科以外は、ほとんど眠りぼけていました。

ただ、テスト前になるとそれなりに勉強して、要点を押さえて試験に臨み、結果としてはそこそこの成績を取っていました。

なぜ「児童福祉」だけが頭に入らなかったのか

そんな中で、私が特に興味を示さなかったのが「児童福祉」でした。数ある科目の中で、成績が一番悪かったのが児童福祉だったと思います。

担当教員の話があまり面白くなかった、というのもあるでしょうし、分野自体に関心が持てなかった、自分とは関係のないことのように感じていた、というのも大きかったと思います。

当時の私には、子どものことはどこか「女性的な分野」というイメージがあったように思います。担当教員も女性でしたし、どこかでそのように感じていました。
今振り返ると、かなり前時代的な考え方だったと感じます。

関心がなければ、人は本当に覚えられない

私は、関心を持てない内容については、本当に覚えられないタイプです。
これは誰でもそうかもしれませんが、好きなこと、面白いと思えること、興味のあることには、人は自然と関心を向け、細かいところまで覚えていきます。

いわゆる「オタク」と呼ばれる人たちが、特定の分野について並外れた知識を持っているのも、そういう理由でしょう。

だからといって、私が社会福祉士だから、精神保健福祉士だからといって、福祉全般に満遍なく関心を持っているわけではありません。
これは、おそらく多くのソーシャルワーカーに共通していることだと思います。

社会福祉のさまざまなテーマや課題の中で、特に関心を持てる分野もあれば、「これはあまり興味が持てないな」と感じる分野もある。
そうした濃淡は、実際に現場で働く人たちの声を聞いていても、確かにあると感じます。

興味のなかった人間が、児童福祉の現場にいるという皮肉

そんな、児童福祉にほとんど関心を持っていなかった人間が、今こうして児童福祉の現場で働いているのですから、皮肉なものだなと思います。

ただ、児童福祉と一口に言っても、その中身はかなり細分化できます。これは、現場に出て初めて実感したことです。

児童福祉といっても、0〜2歳くらいの乳幼児が得意な人もいれば、小学生くらいの子どもが得意な人、中高生くらいの年齢層と関わるのが得意な人もいます。

同じ「子ども」でも、言葉を発するかどうか、自分で自分を守れるかどうか、発達特性があるかどうか、家庭環境が適切かどうかなど、状況によってまったく違います。

「全部が嫌」だったわけではなかった

そして私は、児童福祉そのものにまったく興味がないわけではなかった、ということにも気づきました。

児童福祉の中でも、ある程度言葉を発する年齢の子どもたち
大人に対して不信感や不満、世の中への違和感や矛盾を感じているような子どもたちとは、感覚的にすっと馴染める部分がある。共感しやすい。
そういう領域がある、ということに後から気づいたのです。

児童福祉だから全部が嫌、というわけではない。

ただ、やはり興味が持てない部分は、興味が持てないまま残り続ける、というのも正直なところです。
必要に迫られて、仕事としてやらざるを得ず、生き抜くために知識を身につけることはありますが、「好きだから」「面白いから」という能動的な姿勢で取り組めるかというと、そこは今でも違います。

自分の特性を否定しないという選択

そうした自分の特性を、否定せずに認める。
自己理解をしながら、今この職務に向き合っています。

ただ、続けていると見えてくるものもあります。
面白いと感じられる部分、自分にも関心を持てる領域。そうしたものを少しずつ見つけてきたから、今まで続けてこられたのだと思います。

「石の上にも三年」と言いますが、正直、三年では見えてきませんでした。
三年やっても嫌だった。

それでも続けざるを得ず、続けていたら、いつの間にか見えてきたものがあった。そんな感覚です。

続けられた理由と、自分の力

それは私自身の忍耐だけではありません。
救ってくれた人、引き上げてくれた人、あるいは「自分で魚を釣れるように」教えてくれた上司や同僚たちの存在があったからです。本当に、そこは運が良かったと思います。

こちらの記事では、そうした 6人のモデル について詳しく書いています。
▶ 私のソーシャルワーカー人生を変えた6人のモデル【14年の歩み】

ただ、その幸運を手繰り寄せたのも、そこに飛び込んでいったのも、自分自身の選択でした。
すべてを他人のおかげにはしません。ある部分は、はっきりと自分の力です。
自分を卑下することが美徳とされがちな日本文化の中では、少し言いづらいことですが、これはあえて言っておこうと思います。

そして裏側では、私は多くの本を読み、実践を重ねてきました。
その積み重ねの上に、今の私は成り立っています。

読んできた本を厳選してまとめたのが、こちらの記事。

また、それらをもとに日々習慣化している内容については、こちらの記事で紹介しています。

「好きなことを仕事にすればいい」わけではない

結局のところ、自分がどの分野で働くことになるのかは、なかなか予測できません。
自分で選べる部分もありますが、それだけではありません。

「これは違うな」と思っていたものが、続けているうちに自分に合うものになったり、あるいは転職につながったりすることもある。これは 科学的な適職 にも書かれていることです。

「好きなことを仕事にすればいい」という単純な話ではない。
そのことを、私は自分の経験から強く感じています。

コメント