
ソーシャルワーカーの引継ぎってどんな感じ?難しいの?
相談支援やソーシャルワークの仕事をしていると、他人が支援しているケースを引き継ぐことがあります。
年度替わりや異動、体調不良、結婚、妊娠、介護など──担当者が変わる理由はさまざまです。
福祉の現場にいると、「引き継ぎ」は珍しいことではありません。
そして、スムーズにいく場合もあれば、なかなか難しい場合もある。
ときに引き継ぐ側としてストレスを抱えることも多いのです。
児童相談所などで相談業務を引き継ぐ場合、それはまさに他人の家にいきなり暮らすようなもの。
私はそう実感しています。
他人の家に住むような違和感
他人の家は、どこか使いづらい。
「なんでこんなところにベッドがあるんだ?」
「なんでここにテーブル?」
「お箸はどこだ?」「掃除用具は?」
──ひとつひとつ探さなければならない。
しかも、もう動かせないものもある。
前任者の支援設計は、いわば注文住宅のようなもの。
壁の色はもう決まっていて、今さら塗り替えるにはコストがかかりすぎる。
「前任者がそう設定しているのだから、今はこの配置でやるしかない」
──そう思わざるを得ない場面も多々あります。
リフォームするにも大掛かりすぎる。
「ここで生きるしかない」
そうやって覚悟を決めることもあります。

支援の手法は、ソーシャルワーカーによって違う
ソーシャルワークの手法は、一人ひとりの価値観や技法の違いが出やすい仕事です。
「何を良しとするか」「何をやらないか」「どのように伝えるか」
──そのすべてに、その人の支援観がにじみ出ます。
たとえば、クライエントとのコミュニケーション方法。
電話中心の人もいれば、私は対面での面接を重視します。
(ケースによりますが)面接では、板書をして事象を整理し、クライエントと一緒に可視化します。
そうすると、話の連続性が保てるし、客観的な理解もしやすい。
次回の話し合いでも、同じ地図を見ながら前に進みやすくなります。
一方で、面接中にパソコンで記録を打ちながら話す人もいます。
関係性を構築するうえで失礼にあたりやすく、基本的に私は反対です。
しかし、それもその人の効率的なやり方なのでしょう。
支援の方向性の違いが生む“ズレ”
児童相談所では、施設入所中の子どもを担当することがあります。
そのときによく出てくるのが、「家庭に戻すかどうか」という議題です。
この点は、前任者と意見が分かれることが時にある。
家庭復帰を進めるか、慎重にするか。
その判断ひとつで、支援の方向性が大きく変わります。
断っておきたいのですが──
「家庭に戻す」「戻さない」という表現自体、非常に偉そうだと感じています。
他人の人生を動かすような話をしているのですから。
児童福祉司は“神の手”ではありません。
ただ、現場での私たちの見立てや提案が子どもの命を左右する。
児童福祉司には「家庭に戻す」「家庭に戻さない」と言えるほどの影響力があるのは事実です。
だから、その責任の重さを知ったうえで、あえてこの言葉を使っています。
「前の担当者は家庭復帰をすすめていたのに、あなたは違うの?」
こう言われることもあります。
しかし、子どもを中心に考えたとき、譲れない線がある。
そこに立つ覚悟が必要です。
だからこそ、児童福祉司は決断する仕事だ、と私は捉えています。
決断するからには、10人いれば10人とも賛同することはありません。
批判もある。
5:5で割れることもある。
誰かに嫌われることを恐れていては、子どもを守れないことが頻繁にあります。
だから、児童福祉司は”人に嫌われても大丈夫な力のある人”が、向いていると考えます。
マニュアルは万能ではない
担当者によって支援の方向性にズレが生じる
――これは福祉現場でよくあることです。
では、もしマニュアルがあれば、個人差は消せるでしょうか?
答えは「NO」です。
厚生労働省がアセスメントシートを整備していますが、
「家庭復帰を望んでいるかどうか」を○×や5段階で判断できるでしょうか。
──実際は簡単ではありません。
確かに、こうしたマニュアルは共有できる指標で、着眼点にも気づける。
有用です。
しかし実際現場では、限界もある。
例えば、子どもの表情や沈黙、非言語のサイン。
その一つひとつをどう読み取るかは、人間の感性に委ねられています。
だから、どこにチェックをつけるのかは、担当者によって変わる。
だからこそ、支援者には自己覚知が大切です。
自分の癖、認知の傾向、感情の揺れ。
それを自覚したうえで、支援を「自分色」で染めすぎない努力が必要なのです。

「引き継げる支援」をする
私がいつも意識しているのは、「引き継げる支援」をすること。
年度末になれば、どんなケースも引き継ぐ可能性があります。
「もし、自分がこのケースから離れるとしたら?」
──この問いを頭の片隅に置きながら仕事をしています。
そのために、
- 支援の方向性
- 現在の課題
- 関係者の認識
などを、言語化して残す・伝えることを意識しています。
支援を引き継いだ人が、「なんとなく察する」ではなく、
「なるほど、そういう意図だったのか」と理解できるように。
「あなたが良かった」と言われたい支援は、自己満足にすぎない
「あなたが支援してくれてよかった。」
そう言われるのは、たしかに嬉しいかもしれない。
でも、それを目的にしてはいけません。
「前の担当者の方が良かった。」
「今の担当者は嫌だ。戻ってきてほしい。」
――そうやってあなたが美化されるのを求めてはいけない。
“自分のための支援”になってしまうからです。
支援の目的は、支援者が心地よくなることではない。
クライエントのためにある。
私は以前にこちらの記事でも書きましたが、
支援によって得られるやりがいは、副産物にすぎない。
「ありがとう」や「あなたで良かった」を狙ってはいけない。
それを主目的にしてしまうと、支援の本質が歪んでいきます。
「引き継げる支援」は説明できる支援
「引き継げる支援」とは、説明できる支援です。
第三者が聞いても、なぜそうしたのかが分かる。
それが、組織で働くソーシャルワーカーの心得だと思っています。
もちろん、関係性までは引き継げません。
親子関係がコピーできないように、信頼関係は唯一無二です。
でも、方向性・課題・注意点などは、共有し伝えることができる。
それを怠れば、次の担当者も、そしてクライエントも迷います。
関係性は引き継げない。でも、記録は残せる
人と人との関係は、「その場をともにした経験」の積み重ねです。
だからこそ、文字で残す努力が必要です。
面接の記録、支援会議の議事録、共有メモ──
それらは「その瞬間の温度」を残す手段です。
AIのChatGPTがどれだけ優秀でも、“その場にいた経験”は引き継げない。
人間だからこそ残せる情報がある。
だから私は、記録を”未来の誰かへのバトン”だと思って書いています。

おわりに:ソーシャルワークの引継ぎは、他人の家に住む覚悟をもって
ソーシャルワークの引き継ぎとは、やはり他人の家に暮らすようなもの。
すぐには慣れないし、自分のやり方に変えたくなる。
でも、そこに歴史がある。
前任者がどんな想いで家具を配置したのか。
その意図を理解しようとするところから、支援は始まります。
完璧に慣れることはできなくても、
「そういうものだ」と理解して進む。
それが、組織で働くソーシャルワーカーの覚悟だと思います。








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