パーソナリティ障害やその傾向があるクライエント、あるいは家族への支援は
ソーシャルワーカーにとって、いちばん消耗しやすい領域のひとつだと思います。
でも相談支援の現場で、「私はパーソナリティ障害です」と名乗ってくる大人は、まずいません。
診断がついていないまま、強い要求や感情の揺れを抱えて生活している人のほうが多いです。
そして、私たちソーシャルワーカーは、その“診断の有無”とは関係なく、日々巻き込まれるリスクと向き合っています。
正直に言えば、支援に入ってみないと分からないケースも多いです。
- 強烈な要求
- 感情の急変
- 少しのズレで不信感に変わる
- こちらがタスクを肩代わりすると、依存に直行する
こうした特徴は、診断の有無とは関係なく「関わり方の癖」として現れます。
だから私は、いつもこう考えて動いています。
「もしこの人がパーソナリティ障害だったとしても、後戻りできる対応をしておこう。」
「あとで自分が困らない関わり方」を選ぶ。
このスタンスを持つだけで、
巻き込まれない・潰れない・クレーム化させない
という三つの防御線が強くなります。
この記事では、児童相談所・相談支援の現場で10年以上働きながら、痛い目も見つつ培ってきた
相談支援でパーソナリティ障害に巻き込まれないための6原則
を実践録としてまとめます。
「あなたを守るための技術」として読んでください。
結論
主体を間違えないこと。
これが土台です。
- 主体は当事者側
- 支援者がタスクを肩代わりしない
- こちらが責任を過剰に背負わない
これを見失うと、
当事者の困りごとが、いつの間にか私たちの困りごとに変わります。
ここから、私たちを守る6原則をお伝えしていきます。
原則1:相談の入り口は、できる限り当事者からの一歩を待つ

相談支援は、基本的に任意の営みです。
アウトリーチが必要なケースもありますが、継続支援をするなら「本人の意志」が絶対に必要です。
ケース①:周りの人に言われて児相に電話しただけ
学校や関係者が保護者へ、
「児童相談所に相談したほうがいい」
と繰り返し伝える。
結果として保護者が児相に電話をくれる。
しかし保護者の中では、
- 何が困りごとなのか
- なぜ相談するのか
がまったく整理されていない。
正直、「丸投げしたな…」と思う瞬間もあります。
でも、このケースはまだラッキーです。
本人が“自分の手で電話した”という事実があるから。
そこから動機や困りごとを掘り下げ、つなぎ直しできる場合もあります。

ケース②:学校が「助けてあげてください」と丸投げしてくる
学校が児相へ直接、
「〇〇さんの家庭を助けてあげてください」
「話をしに行ってあげてください」
と言ってくることもあります。
この依頼で、児相から保護者へ直接連絡してしまうと、
- 「目をつけられた」
- 「自分から相談したわけじゃないのに」
という構図が一気にできあがります。
こうなると、入口から誤解と不信感がスタートします。
ケース③:親の“困っている”と本人の“困っている”がズレている
相談支援事業所でもよくある話です。

親「息子が外に出ません。精神障害があります。話してあげてください」
しかし、
困っているのは親であって、本人ではないことが多いです。
親の要望に従って本人に会いに行ってしまうと、

「親の味方として来たやつか!」
と受け取られ、入り口でつまずきます。
当然、この後はうまく支援できません。
原則1のポイント
「会ってほしい」と言っているのは誰か?
主体はどこにあるのか?
ここを間違えた瞬間、あとで揉めます。
私はこれを身をもって経験してきました。
原則2:できないことは断る/即答しない

相談支援では、
依頼・お願い・要求
が絶えず降ってきます。
- 「役所に代わりに言ってほしい」
- 「学校に強く言ってほしい」
- 「医師に伝えてほしい」
ここで“安請け合い”すると、いずれ破綻します。
期待値を上げすぎると、しっぺ返しが来る
支援者が気を利かせたつもりでも、
「あのときやってくれたのに、なぜ今回はやらないのか」
という怒りにつながります。
これは相談支援あるあるです。
即答しない勇気
新人の頃は、相手を待たせることが申し訳なく感じて即答してしまいがちです。
でも、これは危険です。
だから、困ったらこう返す。
「持ち帰って検討させていただきます。すみませんが、改めてご連絡いたします。」
格好つけたい人なら、プライドがちょっと傷つくかもしれない。
でも、この一言で救われる場面が山ほどあります。
原則2のポイント
「できない」と言えるかどうかが、あなたを守る第一歩。
即答しないことは、逃げではなくプロの判断。
原則3:複雑な「お断り」は、電話ではなく対面で

ある程度関係性ができてからでも、どうしても「できません」と伝えなければならない場面があります。
そのとき、電話だけで済ませるのは慎重にしたほうが良いと感じています。
なぜかというと、電話には次のようなリスクがあるからです。
電話で断るリスク
- 声のトーンだけだと誤解されやすい
- 「断られた」という感情だけが強く残りやすい
- 被害的に受け止められやすい
- 他機関への愚痴や批判材料に利用されることがある
対面なら「空気」も伝わる
対面であれば、「できない」だけでなく、
- 何ができるのか
- どの範囲まで伴走できるのか
これらを丁寧に説明できます。
相手の表情や反応を見ながら話せるため、誤解が減ります。
もちろん、どれだけ慎重に伝えても被害的に受け止める人は一定数います。
それでも、対面であれば表情・声の明るさ・落ち着いた姿勢など、言葉以外の情報も伝わるため、
「断られた」という衝撃がやわらぎやすいと感じています。
例えば、次のような言い方ができます。
- 「申し訳ありませんが、これはお引き受けできません。ただ、この部分であれば対応できます。」
- 「こちらの方法なら可能です。」
このような代替案を対面で提示できることが、支援者と当事者の双方にとって大きな意味を持ちます。
紙に書いたり、板書しても良いでしょう。
私は、ここに「傷つけないための配慮」が含まれていると考えています。
傷つきやすさを前提にしたコミュニケーション
パーソナリティ障害の方は、非常に傷つきやすい特徴があります。
少しの否定でも、人格そのものを否定されたように感じる場合があります。
だからこそ、
- 雰囲気・表情は友好的に
- 言葉では境界線をハッキリ示す
このバランスが非常に重要です。
柔らかい雰囲気のまま、線引きは明確にする。
この技術が、後のトラブルを大きく減らします。
ただし、誰にでも対面で対応する必要はない
ここまでの話は、あくまで一定の関係性ができており、今後も継続して関わる必要がある場合の話です。
はじめから支援対象ではないと判断できる方や、明らかに無理筋な要求を行う方については、
電話でハッキリ断るほうが傷は浅い。
対面で丁寧に話してしまうと、
- 「わざわざ時間をかけて来たのに断るのか?」
- 「やってくれると思っていたのに!」
という勝手な期待を育ててしまう可能性が高くなります。
結果として怒りを買いやすく、かえって傷が深くなります。
原則3のポイント
断りは、基本的に“対面”。
あなた自身を守り、誤解を減らすための技術です。
原則4:代理は原則しない。主体は当事者に置く

これは私がとてもとても大事にしている原則です。
代理行為(代わりにやる)は、一見スムーズに見えて、
当事者の力を奪う最速ルートです。
代理が引き起こす“依存”
- 「あなたがいないと無理」
- 「あなたがやってくれないと不安」
- 「前はやってくれたのになんでやってくれないの?」
代理をすると、この構図が固定されます。
一度でも代理をすると、次も求められます。底なしです。
中間策はたくさんある
代理しないからといって、何もしないわけではありません。
- 一緒に窓口に行く
- 本人が話す横でサポートする
- 書類を一緒に確認して、提出は本人が行う
主体は本人、支援者は隣か後ろ。
前には行かない。
これが相談支援の王道です。
原則4のポイント
“本人の人生を本人に返す”。
時間がかかっても本人にやってもらうことが、最終的に自立につながる。
肩代わりは破滅の道。
原則5:心理的な揺さぶりに巻き込まれず、冷静にリスクを判断する

パーソナリティ障害の特徴のひとつに、
心理的な揺さぶりが強いという点があります。
特に”境界性”パーソナリティ障害の方々です。
- 自傷を示す行動
- 自殺をほのめかす発言
- 「あなたのせいで死ぬ」といった圧の強い言動
これらは、「どうせ言っているだけ」と軽視はできません。
かと言って、毎回そのまま受け止めて過剰反応してしまうと、
支援者側があっという間に消耗してしまいます。
リスクを“ひとりで”判断しない
自殺や自傷に関する判断は、ソーシャルワーカーひとりで抱えて行うものではありません。
むしろ、現場では次の姿勢が重要だと感じています。
- 冷静に状況を整理すること
- できる範囲とできない範囲を明確にすること
- 必要に応じて医療・専門職につなぐこと
- チームで対応する前提を手放さないこと
境界性パーソナリティ障害の方との関わりでは、
家族も支援者も疲弊しやすく、“振り回され感”が強くなりがちです。
だからこそ、支援者側が“抱え込みすぎない”構えが欠かせません。
冷静さを失いそうなときこそ、周囲に相談する
自分自身が動揺しているときは、判断が乱れやすくなります。
そんなときは、必ず同僚や上司、他職種の支援者に状況を伝えたほうが良いです。
外から見ている人には、
「巻き込まれているポイント」
が意外とハッキリ見えたりします。
支援者が抱え込みすぎると、
関係の歪みはさらに深まり、共倒れにつながります。
原則5のポイント
言動だけに揺さぶられて動くのではなく、”状況”を冷静に評価して動く。
原則6:否定語ではなく肯定語で伝える

否定だけを投げると、人は動けません。
特に、傷つきやすい人・発達特性のある人・パーソナリティの課題がある人は、
「自分そのものを否定された」
と受け取りやすいです。
望ましい行動対応をされていたならば、そこに言及する。関係によっては、褒める言葉をかけられるでしょうし、賞賛したり、どうしてそれができたのか等、気づきを促せられる質問を重ねたりする。
やむなく何か一部を否定するなら、それの2倍以上は肯定する言葉をかけること。否定語で終わらせないこと。これが、継続的に関係を続けるコツです。
この小さな違いで、
相手の受け取り方も、支援の流れも変わります。
もちろん明確に止める必要がある場面もありますが、
基本は“肯定形で方向づける”スタンスが役に立ちます。
原則6のポイント
否定だけでは関係が壊れる。
肯定形で伝えること。
まとめ:主体を間違えないことが、私たちを守る防御線

ここまで書いた原則の多くは、“主体を間違えない” という一点に収束します。
- 当事者の困りごとが、支援者の困りごとにすり替わっていないか
- 境界線が曖昧になっていないか
- 代理しすぎて依存を育てていないか
- 感情に巻き込まれて動いていないか
主体が私たちになると、支援は歪みます。
そして、いわゆる”振り回されている”状態になります。
私は現場で繰り返し経験しました。
だからこそ、この記事で示した6原則が「自分を守る防衛ライン」だと感じています。
もちろん、実際のケースワークはもっと複雑で、
例に挙げたようにスムーズにいくとは限りません。
他にも大事な原則はありますが、それは言語化できればまた記事にしていきます。
あなたの支援が少しでも楽になりますように。
お疲れ様です。
関連記事
利用者さんを「手伝わない」のが難しい理由
利用者を手伝ってしまったほうが早いですし、感謝もされます。
しかし、それでは当事者の自立を奪い、私たちがいないと生活できない構図を強めてしまいます。
この考え方は、パーソナリティ障害の方への対応にも通じる重要な原則です。
パーソナリティ障害は一括りではないが、原則は共通する
パーソナリティ障害には複数のタイプがありますが、正確な診断を素人が行うことはできません。
実際の支援で大切なのは、「この方にはパーソナリティ障害の傾向があるかもしれない」という嗅覚です。
特別な対応のように見えて、実は相談支援の基本原則と同じものが多く、汎用性があります。
こちらの記事は、パーソナリティ障害のある方と交際している方向けに書いた内容ですが、支援者にも参考になる視点があります。
パーソナリティ障害の方と関わるなかで、支援者自身を守る習慣
パーソナリティ障害やその傾向がある方との関わりは、原則を押さえていてもしんどい場面があります。
罪悪感を刺激されたり、こちらの胆力が試されることもあります。
そのストレスに負けず、冷静な支援を続けるための私自身の習慣をまとめた記事です。
パーソナリティ障害をマンガで理解できる本
なお、パーソナリティ障害について理解を深めたり、対応を考えるうえで、私が大いに参考にしているのが精神科医・岡田尊司さんの著書です。
専門性がありながらも、とても読みやすく、現場のソーシャルワーカーの頭にスッと入ってきます。
中でも、こちらはシンプル形式で、初めて学ぶ方にもとっつきやすいでしょう。





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