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ソーシャルワーカーとして生きてきた14年の道のり:折り合いのつけ方と譲れない軸

ソーシャルワーカーや社会福祉士、精神保健福祉士、児童福祉司。
私はこれらの肩書きで語られる世界に、14年間、身を置いてきました。

このあいだ私は、
ぶつかり、折れ、癒やされ、そしてまた立ち上がる
という道のりを繰り返してきました。

「組織に合わせるのか」
「自分の正しさを貫くのか」
「折り合いはどこでつけるのか」

これらの問いの答えは、
年数を重ねたからといって、
自然に見えてきたわけではありません。

自分が納得できなかった支援。
人間関係。
失敗や挫折。
そうした一つひとつが、
今の私の働き方につながっています。

長文になりますが、
ソーシャルワーカーに関心のある方には、
現場を知るための「予習」になるはずです。

そして、現役のソーシャルワーカーの方にとっては、
ご自身の経験と、どこかで重なる部分が、
きっと見つかると思います。

筆者:ぱーぱす(社会福祉士・精神保健福祉士)
自治体で働くソーシャルワーカー。児童相談所などでの実務経験をもとに発信。
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1年目:正義に燃えて、周囲が見えなくなっていた頃

私は社会人1年目、精神科クリニックで働いていました。
今思えば、正義感の火力だけで突っ走っていた時期でした。

患者さんの希望を最優先にすべきだと信じて疑わず、
納得できないことがあれば、
「それは違うと思います」
と、正面からぶつけていました。

その正しさの使い方は、今振り返るとあまりに直線的でした。

  • 組織全体の動きが見えていない
  • 現実的な制約が見えていない
  • 言い方がストレート過ぎる
  • 相手の立場の理解がない

結果、職場で孤立していくのは自然な流れだったのでしょう。

それでも当時の私は、
「正しいことは言い続けるべきだ」
という一本気な価値観で動いていました。

その姿勢自体は、今の私にも残っています。
ただ、当時は折り合いの技術が無かったのです。

折れる:パワハラで心が壊れ、「辞めます」と言い放った日

理想と正義感だけで突っ走る働き方は、当然ながら長く続きませんでした。

自分にも原因はありましたが、
上司から強い叱責を受ける日が増え、
暴言やパワハラに近い言動も続きました。

「お前なんか向いていない」
「もう辞めたらどうだ」

そんな言葉もありました。

徐々に、
自分の価値も、自信も、ほとんどなくなっていく
そんな感覚になっていきました。

ある日、上司から「もう辞めたら?」と言われ、
私は売り言葉に買い言葉のように、
「じゃあ辞めます」
と返しました。

それが、最初の職場での幕切れでした。
この話は、こちらの記事でも書いています。
▶ 【正直きつかった】精神保健福祉士2年目で「向いていない」と挫折した話

再起:寛容な職場で癒やされた時期

次の職場は、前の職場とはまるで違う環境でした。
職員を育てる文化、寛容、対話。

私はその空気の中で、
折れた心を少しずつ修復していきました。

ただ、自信をなくしていた私は、

  • 自分の色を出すとまたうまくいかなくなるのでは?
  • 自分がワーカーとして働く資格はあるのか?

そんな不安を抱え続けていました。

一方で、当時の上司は本当に魅力的な人でした。

弱さも苦しさも互いに共有し、
雑談の中でも支援観の話が自然と始まり、
私の意見にも敬意を払ってくれる。

あの頃の働き方は、
今、言葉にするなら
「支援が楽しかった時代」
です。

当時は“楽しい”と感じることはなかったのですが、
今振り返ると、思い出されるのは楽しい思い出です。

行政への転職:色を消し、組織に合わせた時代

行政に転職してからの私は、
また別の壁にぶつかりました。

この世界は、前の職場よりも
「組織文化の強さ」が支配的でした。

  • 上司の指示に従うのが基本
  • 発言の裏に政治がある
  • 文化や慣習が根深い

転職初期の私は、
自分のキャリアも知識も何も評価されていないように感じていました。
無暗に正義を振りかざせば、折り合いがつかず、
仕事を続けられなくなるかもしれない、とも考えました。

そのため
「まずは組織に合わせる」
というモードで1年目を過ごしました。

ただ、それでも私は、
納得できないことを心のどこかで受け入れきれず、
結局は意見を出したり、行動では従わなかったり、
そんな場面もあったと思います。

ほんと、人の根幹って簡単には変わらないんですよね。
ただし、その表出の仕方は変えられる。
私は、そんな感覚でいます。

児童相談所という修羅場:判断が重すぎる毎日

児童相談所に配置された初期、
支援は「気持ち」ではなく、
「決断の連続」になりました。

児童福祉司は、決断する仕事です。
そのことは、こちらの記事でも書いています。
▶ 児童福祉司は決断する仕事だ|児童相談所の現場で問われる覚悟と責任

一つひとつの決断が、重い。

  • 子どもの安全
  • 虐待の精査
  • 法的判断
  • 多機関連携
  • 一時保護の是非

私は、毎日上司に相談しながら、
なんとかその日を乗り越えるような働き方でした。

その激務について、まとめて解説したのがこちらの記事です。
▶ 【体験談】児童相談所の児童福祉司は超激務!5つの理由【本音爆発!】

自分の色や判断を発揮するというより、
決断の重さに押し潰されないよう、必死だった
そんな表現が近いです。
不安でたまらなかった。

ただ、それでも、
納得できないことは、納得できないままでした。
意識的にせよ、無意識にせよ、
「納得できない」という感情が、消えることはなかったのです。

今の働き方:納得できないことはやらない

今の私は、昔よりずっとハッキリしています。

納得できなければ、やらない。
納得できるまで話す。

たとえ相手が上司であっても、
納得できないものにYESは言いません。
必要なら、対話を続けます。

ケースワークは短距離走ではありません。
何ヶ月、何年と続いていく長距離走です。

腹に落ちない対応は、最後まで腹に落ちない。
そして、腹に落ちていない対応は、どうしてもできなくなる。
だからこそ、最初の納得がとても大事です。

心理士から意見を受けたときも同じです。
彼らには彼らの専門があり、その視点は大切です。
もちろん心理士ごとの個人差もあります。

ただ、
現実を調整しながら動くケースワーカー”と、
“心理的支援を中心に見る心理士”では、
見えている世界が違うことも多い
と感じています。

意見はしっかり聞く。
不安も聞く。

そのうえで、
ケースワークの最終的な決断をするのは自分。
責任も自分が引き受ける。

「責任を持つ人間が判断する」
これが組織で働くことだと考えています。

現実と折り合いをつけながら、
しかし自分の筋は通す。
今の私の働き方です。

まとめ:折り合いのつけ方と、譲れない軸

ソーシャルワークの世界では、
調和は大切です。

ただ、調和だけを優先していると、
「誰の利益のためにこの決断をするのか」
「何のためにこの仕事をしているのか」
「誰の人生を生きているのか」
わからなくなってしまいます。

「組織のため」
「関係者の都合のため」

現場では正直に語られることは少ないですが、
要は、そうしたニーズの話が舞い込んでくることがあります。

調和のためとして、
そうした話にそのまま乗っていては、
ただでさえしんどい仕事なのに、
主体がクライエントでも自分でもなくなってしまうのです。

一方で、
自分の正しさだけを振りかざせば、
人間関係も、支援も、崩れます。

だからこそ必要なのは、
折り合いのつけ方と、譲れない軸の両方です。

「バランス」という言葉は便利ですが、
同時に、とても曖昧でもあります。

それでもやはり、ソーシャルワーカーの仕事は、
バランス抜きでは語れない
という結論に行き着きます。

どこは折れていいのか。
どこは絶対に譲れないのか。

この線引きを、意識的に考え続けること。
それが、誇りを持ってソーシャルワークを続けるための条件だと思います。

折り合いと、譲れない軸。

私が思うに、
もしあなたが今、この二つの間で悩んでいるのなら、
それはケースに本気で向き合っている証拠。

悩むという行為そのものが、
すでにあなたの誠実さを語っている。
私は、そう考えています。

「どうすべきか」という簡単な答えはありません。
そして、
自分の意見や正義を貫くことだけが、
クライエントの最善の利益かといえば、
必ずしも、そうではない。

現実と折り合いをつけることは、避けられない。
その中にこそ、「最善」の形があるのだと思います。

私たちが目指すのは、完璧ではない。
あくまで、ベターであり、最善であり、
よりよい形なのです。

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私が今までソーシャルワーカーとして働き続けてこられた理由の1つは、本の存在です。
これまで私を支えてきた本を、厳選して紹介しています。

上記の本を頼りにしながら、習慣づくりや仕事への向き合い方を磨いてきました。
そこで得た学びを実践し、継続してきたことを惜しみなくまとめたのが次の記事です。
まさに激務、高ストレス・高負荷な児童相談所のケースワーカー。
ここで働き続けられている理由は、この習慣にもあります。

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