精神保健福祉士になって良かった【変えられるのは自分という発見】

しゃふく・PSWの実務ノウハウ
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精神保健福祉士になって良かったことってあるんか?

もちろんあるぞ。

体験を伝えよう。

こんにちは!社会福祉士・精神保健福祉士のぱーぱすです。

精神保健福祉士になろうかどうか迷ったり、なりたいと思っている方にとって、「精神保健福祉士になって良かったことがあるのか?」というのは気になるテーマではないでしょうか。

私は、精神保健福祉士になって良かったと心底思っています。

このブログでは、精神保健福祉士や社会福祉士は年収面で余裕がないことをお伝えしてきました。そのようなネガティブな面がありつつも、精神保健福祉士になって良かった、この仕事に出会えて本当に良かったと思っています。

精神保健福祉士は私のアイデンティティです。「精神保健福祉士になって良かったかどうか」というテーマは、私にとって深いテーマです。いろいろなポイントからお伝えしたいことがありますので、何回か記事にしていくつもりです。

第一弾として、この記事では「精神保健福祉士になったことで、他人はそうそう変えられないけれど、自分は変えられると気づいた」という話をしていきます。そして、精神保健福祉士になるということは、人間修行の道のようなものです。

どうしてそう思うにいたったのか話していきます。

人は思うようには変えられないことを骨身で理解した

私が精神保健福祉士になって、初めての職場は精神科のデイケアでした。

大学を卒業して、社会人1年目。今ではけっこう昔のことに感じます。

精神科のデイケアというのは、ざっくりいうと日中の居場所をつくるサービスですね。日中にしっかり活動することで、規則正しい生活が維持できたり、健康的な食事をとれたり、人とコミュニケーションをとれたり、スタッフに相談したり支援を受けられたりというメリットがあります。それらが、精神症状や病気の回復につながると考えられています。

学生から社会人になって1年目の私は「正義感にバリバリ燃えるが、人の気持ちに無頓着で、根拠なき自信家」でした(苦笑)

そんな私がデイケアで、ある男性を担当した時のことを、今でも強く覚えています。それは「オレは精神保健福祉士に向いていないんじゃないか?」と相当自信をなくすに至った出来事でしたし、同時に、自分が変わることになるきっかけでもありました。

精神科デイケアでの挫折エピソード【社会人1年目】

その男性は、毎日デイケアに通ってくる年配の方でした。

白髪交じりで、60代くらいの方でした。

少し焼けて、クシャっとした笑顔が印象的でした。

診断は統合失調症でした。

私が就職するよりもっと前から、毎日デイケアにきては、一人でひたすら書道をしている方でした。

どうして書道をしているかというと、主治医に書道をするように言われて、その言いつけを守っているということでした。

孤高でありつつも、声をかけると人なつこく、冗談も飛ばすような方でした。

肝心の字は・・・お世辞にも上手いとは言いづらい字でした。

なぜかというと、震える手で書かれていたからです。

精神科薬には、副作用があって、手が震えてしまうことがあります。

その男性の手はいつも震えてしまうので、筆先にも震えが伝わり、ワカメのように波打った字になっていました。

男性自身も悩んでおられました。

私はその方の担当となり、よく声をかけました。

声をかけると、笑顔で冗談を返され、笑わせてもらっていたのを覚えています。

そのような日々が続くものと思っていました。

ところがある日、男性はこのように言いました。

「毎日毎日、書道をしてつらい。」

「もうデイケアを辞めたい。」

そのように言われました。

私は戸惑いました。

主治医に報告したところ、デイケアに通うように説得するよういわれました。

私なら説得できる

私が関われば好転する

いまとなっては恥ずかしい限りの根拠のない自信でした。

わたしはその自信をもって、男性の説得にあたりました。

(ちなみに「説得」という手法が精神保健福祉士にふさわしいかというと、今の私は慎重です。自己決定を尊重したうえでも、なお説得しなければならない事態とは、相当限られると思うからです。)

でも、その方の意志がかわることはありませんでした。

そして、ちらほらとデイケアを休まれるようになりました。

その方は、精神科薬を毎食後に飲むことになっている方でした。

朝ごはんの後、昼ごはんの後、夕ごはんの後、欠かさず飲まないといけません。

忘れず服薬するには、周囲のサポートが必要な方でした。

自分だけでは飲み忘れてしまう方でした。

デイケアを休むということは、一人で薬を忘れず飲まないといけなくなることです。

数日休んだ後、男性はデイケアにきました。

以前とはうってかわって笑顔で、大声で、とても高揚した様子でした。

何でそんなに気持ちが高ぶっていて、大きな声で、上機嫌なのか理解できないと思いましたし、直感的に明らかに異様でした。

声をかけても

まるで話が通じない

私はそのように受けとめました。

精神科薬の飲み忘れが原因でした。

精神科の薬の効果というのか、威力というのを激しく実感した時でした。

それからは、薬をしっかり飲めるように、デイケア後に家に訪問したり、週末には薬カレンダーを一緒に作ったりと、サポートをしました。

きっとうまくいくはずだ

そのように信じていました。

訪問はいつも残業時間にしていましたから、肉体的・気力的に疲れてはいきました。

でも、やりがいは感じていました。

しかし・・・うまくはいきませんでした。

日に日に男性の様子は悪化しました。

薬を飲み忘れていたり、むしろ、「もう病気は治ったから薬は飲まない」とさえ言われました。

おなじ土俵で話をしている気がしませんでした。

男性の足元は地についていないかのようでした。

こんなに頑張ってるのに、なんでうまくいかないんだ?

無力感を徐々に感じるようになりました。

そして、とうとう主治医から男性に入院治療の必要性ありと判断がなされました。

診察を受けるために、男性を連れてくるように強く指示をうけました。

私は男性の家を一人で訪問しました。

男性は診察をうけるのを拒否しました。

診察をうけないといけない理由など、いくら話してもわかってはもらえない状態でした。

話がまるでできなかったからです。

私は、診察を絶対に受けてもらわないといけないと思い、大きな声で強く言いました。

行きましょう!行かないといけません!

そのように繰り返し、まくしたてたのです。

それに対して男性が言った言葉が今でも忘れられません。

まるで憲兵だな!

私は悪いことをした気持ちになりました。

混乱しました。

彼らを支援したいと思って就いたはずの仕事で、なにゆえこのようにいわれるに至ったのか・・・。

それでも、腰をあげて男性と主治医のもとへいき、診察を受けてもらいました。

そして、精神科病院への入院がきまり、車で一緒に病院に行ったのでした。

本人が嫌がっているのを、無理やり入院してもらうことになりました。

その日の夜、手続きや雑務をおえた後、上司に声をかけられ、緊張の糸が切れたわたしは情けなく泣き崩れてしまいました。

男性にも申し訳なかったし、妙に自信家だったことで周囲の先輩にも見栄をきっていたのを反省しました。

「変えられるのは自分」がキホン

このことをきっかけに「自分ならできるはず」「自分が関われば好転するはず」という根拠のない自信が崩れていきました。

でもそれは、根拠のない自信が、根拠のある自信へと変わっていくプロセスでもありました。

その後も、さまざまなトライ&エラーをくりかえし、希望的観測ではなく現実的な見方でものごとをとらえるように変わっていきました。そうしてこのことに気づきました。

人のことは自分が頑張ってもそうそう変えられない。」言葉だけではなく、骨身でわかりました。

これは、私の人生にとっては大きな収穫でした。仕事以外の人間関係もかわっていったからです。友人や家族との関係までもがかわったのです。たとえ家族といえど、しょせん自分ではない。思うようには変えられませんし、変えられないからといって腹を立てる必要もない。だって、それが当然だから。

「他人のことはかえられない」という捉え方が染みついて、妙なストレスに悩まされることが減りました。そして、変えられることだけに専念して、エネルギーを注ごうと思うようになれたのです。変えられることとは、基本的に自分です。これは今も私の基本スタンスです。

何か課題や壁にぶちあたったら、相手に怒ったりしてしまいがちですが、「自分に変えられることはないか?」と考えるクセになっています。

でもね。精神保健福祉士は支援するのが仕事。人に対して変化をもたらせないなら、そんなむなしい仕事もないんじゃないでしょうか?精神保健福祉士にできることがあるとしたら、何なのか?わたしは「現状を変えたい、変わりたいと思っている人を助けることならできる」ということだと考えるようになりました。

学生の頃は、テストや資格などの結果は、自分の努力次第でした。だけど、人への支援となるとそうシンプルではなかった。私がいくら頑張ったってどうにもならないことはある。

「そんなの当然でしょ?」という方は、当時の私よりずいぶん先を行っている方です。私にとっては、人の中で揉まれる精神保健福祉士の仕事をえらんだからこそ気づけたことでした。

精神保健福祉士になって良かったこと=社会福祉士になって良かったこと

私の社会人としての働き始めは、精神保健福祉士でした。現在は、社会福祉士として働いていますが、社会福祉士も精神保健福祉士も基本的に仕事は同じだと思っています。違うのは対象だけ。精神保健福祉士は精神障害のある方だけを対象に。社会福祉士は精神障害のある方を含む様々な方を対象にしているわけです。

なので、今は社会福祉士として働いていますけれど、私のアイデンティティは社会福祉士と精神保健福祉士の両方にあるんですよね。

何が言いたいかというと、精神保健福祉士になって良かったことは、社会福祉士になって良かったことに置き換えて聞いてもらうことができるということです。

今回は、精神保健福祉士として働いていた頃のことだったので、あえて精神保健福祉士にしぼったタイトルにしました。けど私の思いとしては、「精神保健福祉士になって良かったこと」は「社会福祉士になって良かったこと」と同じです。

他にも、精神保健福祉士になったことで、「自分が変わった」と思うところがたくさんあります。なので、精神保健福祉士になるということは、人間修行のようなものだなあとつくづく思います。

苦しいこと、辛いこと、悩むことはたくさんありますが、自身の成長があって、私生活の人間関係までかわったり、人生観までかわったりする仕事ですね。

以上、精神保健福祉士になって良かった【変えられるのは自分という発見】という話題でした。

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