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北風と太陽とソーシャルワーカー──叱っても変わらない子どもへの支援を考える

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冬の朝、再び報告が届いた。
「万引きをしました。」
しばらく前にも、同じことがあった。

学校にも通っていない。保護者からは「どうしたらいいかわからない」と電話が来る。
私は報告をきいた後、考えた。
――また、北風で押していたのかもしれない。

書いた人:ぱーぱす(社会福祉士・精神保健福祉士)
自治体で働くソーシャルワーカー。児童相談所などでの実務経験をもとに発信。
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北風的支援:叱っても、行動は続かない

児童福祉司として関わる中で、「万引きしたらだめだ」「学校には行こう」と言う場面は少なくない。
正しいことを伝えているつもりだし、実際、それは間違ってはいない。
けれど、子どもはそのとき一瞬はうなずいても、行動は続かない。

「先生が言うなら……」
「今度こそ頑張ります。」
――そう言っていた子が、数日後にはまた登校しなくなったり、再び問題を起こしたりする。

そのとき感じるのは、子どもの中に動機が育っていないということだ。
支援者が目の前にいれば従うけれど、いなくなると止まってしまう。
その裏では、子どもが心の中でこんなふうに思っていることもある。

「適当に合わせておこう。」
「わかったって言わないと、話が終わらないからな。」

表面上はうなずいていても、心の奥ではそうつぶやいている。
つまり、「大人の圧力」で動いているだけなのだ。

太陽的支援:動機は“問いかけ”から育つ

では、どうすればいいのか。
「叱る」も「指導」も大切だ。
けれど、人が変わるのは、自分で考え、自分の言葉で選んだときだ。
だから私は、問いかける。

万引きする前、どんな気持ちだった?
そのあと、どんなことが起きた?
学校に行かないことで、楽なこともあると思うけど、困ることは?
このままだと、どうなりそう?

問いかけると、最初は黙り込む。
たいてい、考えたことがないからだ。
でも、少しずつ言葉が出てくる。
その中に、小さな「気づきの芽」が見えてくる。

人は、自分の言葉で気づいたことなら、少しずつ行動に移せる。
それは、子どもだけでなく、私たち大人も同じだ。

たとえば「たばこをやめろ」と他人に言われても、人は長続きしない。
けれど、自分で「このままじゃ体を壊す」「もうやめたい」と思ったとき、
初めて、行動が少しずつ変わり始める。

変化の出発点は、外からの命令ではなく、内側からの気づきにある。

支援とは、その芽が育つ環境をつくることだと思う。
太陽のように照らしながら、本人が自分で「服を脱ぐ」瞬間を待つようなものだ。

強制ではなく促す──自己決定支援

私たちは、しばしば「行動させる」ことに焦点を置いてしまう。
だが、支援の目的は行動を強制することではなく、本人が自分で選べるようになることにある。

「ロバを水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない。」
この言葉は、福祉の現場でもそのまま通用すると思う。
支援者ができるのは、そこまで。
最終的に水を飲むかどうかは、その子自身が決めることだ。

嫌われる勇気』でも語られるように、他人を変えることはできない。
私たちができるのは、変わる力を信じ、促すこと。
それが、ソーシャルワークの核心ではないかと思う。

補足:支援は子どもだけでなく、大人にも通じる

ここまで書いてきたことは、子どもへの支援を通して感じたこと。
でも実際には、これは子どもに限らず大人にもそのまま当てはまる話だと思う。
人が変わるときの原理は、年齢に関係なく同じだ。

上司に「もっと気をつけろ」と叱られても、人は変わらない。
けれど、自分で「このままじゃまずい」と気づいたときに初めて、行動が変わり始める。

ただし、ここで前提として考えたいのは、そうした「気づきの対話」が成立するための知的水準が必要だということ。
ある程度、言葉を理解し、思考できる力がなければ、「問いかけて気づいてもらう」という方法はうまく機能しない。
また、知的に理解できたとしても、それを実際の行動に移すには、別の壁もある。

たとえばADHDの特性のひとつである、「わかっていても、衝動的に行動してしまう」という状態。
これは、理解力とは別の領域の課題だ。
だからこそ、支援者としては、
「知的理解」と「特性」を分けて考え、
それぞれに合わせた関わり方をしていきたい。

支援とは、“わかっていない人”を責めることではなく、
“わかっていてもできない人”にどう向き合うかを考える営み
なのだと思う。

ソーシャルワーカーとして思うこと

子どもに対して「やめなさい」と言うのは簡単だ。
でも、その言葉が“届く”ためには、その子の中に「そうしたい」と思える理由が育っていなければならない。

叱ることも必要なときはある。
けれど、北風だけでは服は脱がない。

支援の仕事は、クライエントの中に「自分で変わってみよう」という思いが芽生えるよう、関わりを重ねていくこと。
太陽のように温かく、しかし、たやすく諦めずに照らし続けること。
その積み重ねの中で、見せかけではない変化が起きるのだと思う。

言うは易し行うは難し。
このことを私は果たしてできているか。
上から目線で論ずるに終わらず、謙虚に向き合っていきたい。

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