――「子どもを守るための一時保護」
その判断に、2025年6月から裁判所が関わるようになりました。
仕組みとしては歓迎すべき変化ですが、現場では思わぬ壁が生まれています。
特に、外国籍の親権者が関わるケース。
一見制度どおりに見える手続きの裏で、どんな課題が起きているのか。
児童福祉司の立場から、実情を解説します。
一時保護に司法審査制度が導入された
2025年6月から、一時保護において裁判所の司法審査制度が導入されました。
これにより、全国の児童相談所では、一時保護を行った場合に所定の手続きを取ることが義務化されています。
≫参考:一時保護の司法審査:PDF(子ども家庭庁)
一時保護が1週間以内に解除されれば、一時保護状の請求は不要です。
しかし1週間を超える可能性がある かつ 親権者の同意が得られない場合は、裁判所に一時保護状を請求する必要があります。
親権者の同意が確認できれば請求は不要ですが、同意が得られない場合(親権者が確認できない場合を含む)には、裁判所への請求が必要となります。
ここで今、全国の児童相談所で問題になりつつある(と思う)のが、外国籍の親権者への対応です。
戸籍謄本と住民票の違いを整理しておこう

まず前提として、「戸籍」と「住民票」は別物です。
多くの人が生活の中で触れるのは住民票。
アルバイトや入社手続き、賃貸契約など、社会生活上で必要になる書類ですね。
一方で戸籍は“入れ物”のようなもので、個人の身分関係(親子・婚姻など)を記録するものです。
通例、生まれたときには親の戸籍に入り、結婚すれば自分を筆頭者とする新しい戸籍をつくります。
たとえば「鈴木一郎さん」の戸籍にいた息子「鈴木二郎さん」が結婚すれば、新たに二郎さんを筆頭とした戸籍が作られる――そんな仕組みです。
本籍地は日本国内で自由に設定でき、たとえば「皇居」にすることもできます。
日本国籍を持っているからこそ戸籍が作れるということですね。
そして、この戸籍が文書で証明されたものが戸籍謄本です。
結婚・離婚、相続などの場面で必要になります。
外国籍の方には戸籍がない

では、外国籍の人はどうか?
多くの外国籍の方は、本国に戸籍のような身分登録制度が存在し、日本には戸籍をもちません。
在留資格としては、「永住者」のほか、「技能実習」「家族滞在」などで中長期的に日本に住んでいる方が多く、3年ごとなどに在留資格を更新して生活しています。
令和6年6月末の在留外国人数は、358万8,956人(前年末比17万7,964人、5.2%増)で、過去最高を更新
出典:出入国在留管理庁HP
日本で生活し、働く。
当然、子どもを育てている方もたくさんいます。
しかし児童相談所が調査を行う際、外国籍の方の場合は日本に戸籍が存在しないため、親権者の確認が難しいという問題が発生します。
児童相談所ができることと、できないこと
児童相談所の児童福祉司は、法律上の権限として住民票や戸籍謄本の「公用請求」を行うことが認められています。
児童福祉法や児童虐待防止法などに基づく権限であり、調査に必要な範囲で住民情報を取得できます。
しかし、外国籍の方の場合、戸籍謄本そのものが日本に存在しません。
したがって、親権者かどうかの確認ができないのです。
親権者の情報は通常、戸籍謄本に記載されます。
つまり戸籍がない=親権者を即座に確認できない、という構造的な課題があるのです。
親権者が外国籍の場合に起きていること
その結果、全国の児童相談所では、
「おそらくこの人が親権者だが、戸籍などで確証が得られない」
というケースが相次いでいるでしょう。
親が同意していても、「確実に親権者である」と証明できないので、
司法審査を経て一時保護状を請求せざるを得ないという状況です。
子ども家庭庁も、そうした課題が起きることは想定してはいました。
(しかし根本的な解決はできず、”とりあえず司法審査にかけて”という現場マニュアルを示すにとどまる)
戸籍謄本の取得に特に時間を要する事情がある、外国人につき本国での身分関係の調査が完了しないなどの事情があるときは、親権者等を確知できない場合として(同意があるとはいえないとして)、一時保護状の請求を行う必要。
引用元:一時保護時の司法審査 子ども家庭庁
つまり、保護者が外国籍であること自体が、“親権者不明”扱いの原因になっているのが現状です。
外国籍の親にとっての心理的負担

児童相談所の手続きが煩雑になるだけならまだしも、
外国籍の親にとっては裁判所という存在そのものが不安要因になりがちです。
多くの方は「裁判」や「司法」という言葉に敏感です。
特に外国籍の親にとっては「裁判所が関与する=日本にいられなくなるのでは?」
と不安に感じる方も少なくないようです。
その背景には、在留資格の更新や変更の基準に曖昧さが残ることが影響していそうです。
入管法上、在留資格の変更や更新は「法務大臣が適当と認める相当の理由があるとき」に限り許可され、判断は法務大臣の自由裁量に委ねられています。
また、ガイドラインでは「素行が不良でないこと」が要件の一つとされており、
この“素行不良”の解釈が人によって異なり得る点も不安を招きます。
≫参考:在留資格の変更、在留期間の更新許可のガイドライン
つまり、児童相談所としては制度的には正しい手続きであっても、
在留資格や更新制度の背景によって保護者には“別の不安”を生んでしまう
――それが、今の現場で起きている現実です。
書類上の「親権者証明」は国によって異なる
親権者等は、戸籍謄本(児童が外国人の場合は戸籍謄本に代わるものとして親権を有することが確認可能な公的書類)により特定。
引用元:一時保護時の司法審査 子ども家庭庁
この「戸籍謄本に代わるもの」とは何でしょうか?
実際に各国の大使館や領事館では、次のような書類が親子関係の証明に用いられています。
- 両親の名前が記載された出生証明書(Birth Certificate)
- 裁判所の縁組許可の審判書
- 親権が明記された調停調書
- 後見人選任の審判書 など
≫参考:在日米国大使館と領事館「親子関係の証明」
外国人の場合は、続柄の入った住民票(直近30日以内に発行)で結構です。 なお、母国(海外)において発行された出生証明書や家族関係証明書等の外国語の文書のみでは、親子関係(親権者)を確認いたしかねますので、住民票も持参(送付)いただきますようお願いします。
出典:出入国在留管理庁 Q&A
在日中国人の相続手続きで、親子関係を証明するためには、「親族関係公証書」という証明書類を使います。「親族関係公証書」は、中国の公証処(公証役場)が発行する公証書の一種で、申請者の親子、兄弟姉妹との関係を証明するものです。
出典:在日中国人の相続手続きサポートセンター
このように、国や手続きによって証明方法が違うのです。
本国に請求しなければ入手できない書類も多く、手続きはとても複雑です。
結果、このような手続きに時間を割いているうちに、一時保護の解除が先に決まったりする。
徒労に終わりかねないのです。
この「徒労に終わりかねない」という点は、保護者さんからみた場合の、一時保護の不服申し立てと似ています。時間がかかりすぎて、実効性があまりない制度です。
今後への課題 ― 手続きの簡略化と現場負担
司法審査制度は始まったばかり。
今後、全国で同様の事例が積み重なれば、何らかの法整備や運用改善が進む可能性はあります。
国内における親権者等の特定については、スムーズになるように国が対応を始めています。
≫参考:一時保護時の司法審査手続における戸籍謄本等の広域交付の活用について
しかし現時点では、外国籍の親権者であれば原則、司法審査を経る流れです。
そのぶん児童相談所の事務負担は確実に増え、
結果として現場の支援サービスの質が下がるリスクもあります。
人間は完璧ではありません。
書類対応や審査準備が増えれば、どうしても子どもや家庭に向ける時間が削られるのです。
だからこそ、こうした制度面の簡略化は、支援の質を守るためにも必要だと私は考えます。
まとめ:制度と現場、どちらも置き去りにしないために
外国籍の子どもの親権者を特定する対応は、
単なる事務手続きではなく、支援の本質に関わる問題です。
国内であれば、児童福祉法や児童虐待防止法を根拠に調査できます。
しかし、国外にまで日本の法律はおよびません。いわば属地主義の限界です。
だからこそ、親権者の確認が難しくなります。
私は、制度の厳格さだけでなく、現場で動く者や保護者の不安にも配慮した運用が必要と感じています。
現場が混乱すれば、支援の焦点はすぐに子どもから離れてしまいます。
「法律に従う」ばかりに目が行き、子どもに目が向かなくなる。
それでは、何のための法律なのか?――本末転倒になりかねません。
今後、司法審査制度がさらに整い、現場で使える制度となることを願っています。
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