
失敗した。
なんてことをしてしちゃったんだろう……。
自分がミスをしたということと、自分の自信の揺らぎにどう向き合うか。
この記事は、
社会福祉士、精神保健福祉士、ソーシャルワーカーとして現場に立っている方に向けて書いています。
相談支援の仕事は、正解のある仕事ではありません。
だからこそ私たちは、
「これでよかったのだろうか」
「別の関わり方があったのではないか」
と、何度も振り返りながらケースに向き合っているのだと思います。
もし今、
ミスをしたかもしれない、
自分の対応が正しかったのかわからない、
そんな思いを抱えているなら、
その感覚は、とても自然なものだと思います。
支援とは、何なのでしょうか。
伴走するイメージを持つ人もいれば、
二人三脚のように歩いたり走ったりする感覚、
あるいは、時に船頭役として舵を取るような感覚を持つ人もいるでしょう。
支援のイメージは、人それぞれです。
それでも共通しているのは、
「誰かの利益になる」と信じ、
「よりよい生活につながってほしい」と願って、この仕事をしている
という点ではないでしょうか。
それが「支援」「援助」に込められている意味なのだと思います。
だからこそ、自分の関わりが裏目に出てしまったと感じたとき、
そのショックは大きく、
時に受け止めきれないほどの刃となって、自分に向かってくるように感じます。
自信を喪失するほどの、揺らぎ。
今日は、そんな私自身の体験と、実際に行っている対処法についてお話しします。
ミスだと感じた瞬間に押し寄せる感情

相談支援をしていると、支援が裏目に出ることもあります。
私自身、たびたび経験してきました。
「自分がやったことは間違いだったのではないか」
「少なくともこの部分は自分のミスだったのではないか」
「やってしまった」
「なんてことをしたんだ」
――そんな思いが押し寄せてくることがあります。
恥ずかしさ、不安、この先どうなってしまうのか。
自分のミスがどんな影響を及ぼすのか。
本人の将来は大丈夫だろうか。
取り返しのつかないことをしてしまった。
さまざまな感情が、一気に湧き上がってきます。
いちばんつらいのは「当事者に不利益を与えたかもしれない」という思い
何よりもつらいのは、「当事者に不利益なことをしてしまったのではないか」という思いです。
裏目に出た支援は、自分の自信を大きく揺さぶります。
そのとき私は、自分で自分を責める感覚になることがあります。
「お前が慢心していたからだ」
「少しは謙虚になれ」
そうなると、自分自身が本当に嫌になります。
積み上げてきたものが、一瞬で海の藻屑になったように感じられることもあります。
自信が一気に崩れる感覚
これまでに積み上げてきた自信が、いきなり洗い流され、
「自分なんかが関わらないほうがよかった」
「自分が関わったせいで、余計に悪くなったのではないか」
と、過去の挫折と似た感情に引き戻されることもあります。
10年以上この仕事をしてきた今でも、私はこうした感情に向き合うことがあります。
本当に苦しい。
そして、そのたびに思います。
「この先もやっていけるのだろうか」と。
多少のミスであれば修正できることもあります。
しかし、「危害を与えてしまったのではないか」「救えなかったのではないか」と感じる場面に直面すると、自責の念に強く駆られます。
「自分のせいではない」と切り離すことについて
一方で、
「自分のせいではなかった」
「偶然だった」
「避けられなかった」
と、原因を自分から切り離すこともできるでしょう。
それは自分を守るための反応であり、決して悪いことばかりではないと私は思います。
ただ、私はどちらかというと、物事を自分の責任として引き受けやすい傾向があるように感じています。
しかも渦中にいるときは、極端な思考で自分を傷つけもする。
人からは「実直に向き合っている」と評価されることもありますが、その分、内側ではとても苦しくなりやすい。
できることなら、もっと楽に生きられる考え方の人間でありたかったと、思うこともあります。
きっと、わたしだけの悩みではない
こうした思いを抱くのは、私だけではないはずです。
多くのケースワーカー、ソーシャルワーカー、社会福祉士、精神保健福祉士が、似たような場面を経験しているのではないでしょうか。
自責の念があまりに強くなると、耐えきれず、ソーシャルワーカーの仕事を辞めてしまう人もいるのではないかと思います。
メンタルが崩れてしまう人もいるでしょう。
では、そうしたときにどう向き合えばよいのか。
自信が揺らいだときに大切な視点
特に今回伝えたいのは、「自信が揺らいだとき」にどう対処するか、という点です。
自責の念が強まり、自分への評価が極端に下がってしまう状態を、そのまま放置しないことは、相談支援を続けていく上でとても大切だと思います。
主観ではなく「事実」を見る
私が大事だと感じているのは、主観ではなく「事実」を見ることです。
その一つのミスによって、これまでの仕事や支援のすべてが無価値になったのか?
これまで積み上げてきたものは、本当にすべて間違いだったのか?
そんなことはないはずです。
確実に積み上げてきた実績や経験があるはずです。
それを一瞬で「無」にしてしまうのは、自分を客観的に見ることができなくなっている状態だと言葉をかけるのです。
自分のことになると、鏡が歪む

他人のことであれば、私たちは比較的、冷静に見ることができます。
実際に、自分の目で見ることができるからです。
だからこそ、他人のことは、自分のことよりも、正確に見やすい。
しかし、自分のことになると、そうはいきません。
自分自身は目で見ることができない。
だから、想像するしかない。
つまり、鏡をつくらないといけません。
「いでよ、鏡!」――と召喚したその鏡、
だいたいの場合、歪んで割れていたりするわけです。
すると当然、その鏡で見た自分は、どうしても歪んで見える。
想像の中の自分は、どうしても否定的になりやすい。
逆に、過大評価になってしまう人もいます。
つまり、実際と違うのです。
でも、それはとても自然なことだと、私は思います。
正直に言えば、私も一つの出来事で
「自分の支援には価値がなかったのではないか」
と思ってしまうことがあります。
でも、もしそれが他人の話だったら、私はこう声をかけるでしょう。
「そこまで自分を責める必要はない」
「正解のない仕事の中で、ここまで向き合ってきたじゃないか」
「それは本当にミスなのか?」
「必要な経験だったのではないか?」
他人に対してなら、きっとそう言えるのです。
だからこそ、その言葉を自分にも向けたいと思います。
「君はよくやっている」
「それで十分だ」
「自信を失うほどのことではない」
過剰な自信は確かによくありません。
しかし、
「自分が関わるとマイナスになる」
「もう辞めたほうがいい」
とまで思い詰める必要は、まったくないと伝えます。
自信を失ったときの私の対処法
私の場合、自信をなくしたときというのは、自分を冷静に見られていないときです。
だから、こんな対処をしています。
私の対処法
- 他人のケースだと思って整理してみる
- 紙に書き出す
- 誰かに話す
- 「もしこれが同僚の話だったら、どんな声をかけるか」を想像する
- 自分のことを同僚だと思って、実際に声をかける
この中で、一番効果を感じるのは、信頼できる人に話すことです。
ただ、いつでも誰かに話せるわけではありません。
そんなときに役立つのが、セルフでできる対処です。
中でも効果を感じているのは、「同僚だと思って自分に語りかけること」。
頭の中だけで考えるのと、言葉にするのとでは、大きな違いがあります。
実際に声に出すことで、少し距離を置いて自分を見やすくなると感じています。
ミスと向き合い、続けていくために
そうやって、適切な自信を取り戻し、
「ミスだと思っていること」と向き合い、乗り越えていくことは可能だと、私は思っています。
今回は、私自身の
「ミスだと感じた経験」
「そこから自信を失いかけたときにどう向き合うか」
について書きました。
普段、ブログではいろいろと持論や実践を語っていますが、決してうまくいったことばかりではありません。
私はたくさんのミスをしてきましたし、
「やってしまった」と思う経験も、数え切れないほどあります。
個人情報に関わりうるため、詳細は語れませんが、
そうした経験があるということだけは、ここで正直に伝えておきたいと思います。
あなただけではありません。
私自身、10年以上この仕事をしていても、いまだにそうした感情を抱くことがあります。
どうか、安心してください。
何か参考になればうれしいです。
日々、お疲れ様です。



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