「ぱーぱすさん、厳しく問われますよ」
出勤途中、ある会議のことを考えていました。
近く控えている会議。
あらかじめ、関係者が私に警告した言葉が、頭から離れませんでした。
恐怖。
自責。
戸惑い。
不安。
そして、「この仕事を続けていけるのだろうか」という自信の揺らぎ。
さまざまな感情が一度に押し寄せ、強いストレス状態にあることを自覚していました。
加えて、別件の対応についても判断の是非を指摘されました。
すでに進めていたことに対して意見をもらうと、正直なところ心はグラつきます。
その夜はよく眠れませんでした。
何度も目が覚め、思考が止まらない。
仕事のことが、頭の中で繰り返し再生され続けていました。
負荷をかけるという選択
気分はかなり落ち込んでいました。
仕事のことだけではありません。
自分は何を生み出せているのか?
このままでいいのか?
思考は内向きになり、重くなっていました。
そこで私は、あえて身体に負荷をかける運動を選びました。
服を着がえ、靴を履き、外へ繰り出す。
正直、途中でやめようかと思う瞬間もありました。
コンディションも良いとは言えない。
それでも続けました。
なぜなら、ここでやめたら、きっと後悔すると分かっていたからです。
気分が晴れることもないでしょう。
心は折れそうでした。
「ここでもうやめようか…」
何度も頭をよぎりましたが、私はやりきることを選びました。
消せないスピーカー
運動中も、頭の中では仕事のことが鳴り続けていました。
「会議でどう説明するのか?」
「それは本当に最善なのか?」
「何を根拠に判断しているのか?」
音量を消せないスピーカーのように、思考が止まりません。
何度も何度も、問い詰められる感覚。
ソーシャルワーカーをしていると、
自分の中の“もう一人の自分”との対話は避けられません。
でもね、私は知っています。
運動が私を救ってくれる
という原則を。
そして案の定、
運動を終える頃にはその音量が少し下がっていました。
完全には消えない。
けれど、確実に小さくなったのです。
睡眠という回復
家に帰ってからは、静かに過ごしました。
そして体が疲れていたので、夜は深く眠ることができました。
前日はよく眠れなかった分もあり、体も脳も限界だったのだと思います。
脳内のサイレンに、ようやくブレーキがかかった感覚でした。
翌朝、目覚めたとき、
問題が消えたわけではありません。
それでも、私の心は明らかに変わっていました。
自分の感覚で言えば、
- 最悪時が100だとすれば
- 運動前は70くらい
- 運動後は50くらい
- 翌朝は35〜40
これも1つのテクニックですが、
あえて数値化することで、自分が回復していることに気づけました。
腹をくくるということ
振り返って思います。
児童相談所の児童福祉司は、
厳しく問われることがある仕事です。
全員が納得する結論など、ほとんどありません。
専門的知識も、技術も必要です。
事実を積み上げることも大切です。
しかし最後に必要なのは、
腹をくくることだと改めて感じました。
だから私は、児童福祉司は決断する仕事だ、とあえて言い切っているのです。
準備をし、
根拠をととのえ、
最後は腹をくくるしかない。
これは、以前に上司から教わったスタンスでもあります。
根性論と一蹴するのはカンタンです。
されど必要なマインドです。
孤独とチーム
児童相談所の仕事はチームで行います。
しかし同時に、孤独でもあります。
現場に立つのは自分だけ。
判断を説明するのも自分だけ。
そんなシーンが、たくさんあります。
だからこそ、
- フィジカル
- メンタル
- 心構え
こうしたベースが”専門性”なるものと同じくらい、あるいはもっと重要です。
決して、精神論で終わるものではない。
続けるための技術です。
知識をもとに、習慣をつくる。
豆腐メンタルの私が、児童相談所でいかにして働き続けていられるか?
こちらの記事で解説しています。
ここで折れるな
対立もある。
批判もある。
だからといって、自分が死んでしまうわけじゃない。
ケースは続く。
言葉で議論し、
事実で積み上げ、
最後は腹をくくる。
自分に向かって声をかけます。
ここで折れるな。
それが、ひよった今日の自分へのメッセージです。






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