
医療ソーシャルワーカーは「追い出し屋」なの?
結論から言うと、医療ソーシャルワーカーは追い出し屋ではありません。
ただし、外から見ると、そう見えてしまう場面があるのも事実かもしれません。
これは、かなりきつい話です。
「追い出し屋」という言葉は、医療ソーシャルワーカーやMSWに対して、とても失礼な表現です。侮辱的でもあります。
でも一方で、「追い出し屋」と言われてしまう背景を、完全に無視することもできません。
私は、医療ソーシャルワーカーとして働いたことはありません。
ただ、児童相談所の児童福祉司として働く中で、医療機関やMSWの方と関わることはあります。
その中で、「ああ、これは”追い出し屋”に見えてしまうかもしれないな」と感じる場面は、正直ありました。
この記事では、児童相談所の児童福祉司の立場から、MSWの退院支援・転院調整がそう見えてしまう背景と、板挟みになる葛藤について考察します。
MSWが「追い出し屋」と言われてしまう理由
医療ソーシャルワーカーが「追い出し屋」と言われてしまう理由は、単純ではありません。
たぶん、個人の性格の問題ではないし、もっと構造の話です。
病院には、病院の役割があります。
- 急性期を担う病院
- 回復期を担う病院
- 療養を担う病院
- 緩和ケアを担う病院
それぞれに役割があって、病床にも限りがあります。
だから、入院している人がずっと同じ病院にいられるわけではありません。
治療が終わった。
急性期の役割は終わった。
より専門的な治療が必要になった。
自宅に戻る準備が必要になった。
施設や別の病院への調整が必要になった。
こうした場面で、退院支援や転院調整を担うのが、医療ソーシャルワーカーです。
言葉としては「退院支援」です。
でも、患者さんや家族からすると、
- 出て行けと言われている
- まだ不安なのに退院を迫られている
- 病院から追い出される
と感じることがある。
ここにズレがあります。
児童相談所から見ても、期限を気にされる場面はある
私が児童相談所で働いていても、病院と関わる場面があります。
たとえば、保護者の方が入院する。
子どもが入院する。
あるいは、一時保護委託という形で、病院に子どもを見ていただく。
そうした機会があります。
その時に窓口になってくださるのが、MSW(医療ソーシャルワーカー)の方です。
連絡をとる中で、やはり期限をかなり気にされることがあります。
「いつになったら、この子は別の場所で見てもらえますか?」
「病院としては、この日までが限界です」
「この先の受け入れ先はどうなっていますか?」
そういった話になることがあります。
こちらとしても、もちろん分かっています。
病院にも事情がある。
病棟にも事情がある。
医師にも判断がある。
ベッドにも限りがある。
でも、児童相談所側からすると、かなり厳しく言われているように感じることもあります。
そして、外から見れば、それは「追い出そうとしている」と見えてしまうこともあると思います。
MSW本人が追い出したいわけではない
ただ、ここは分けて考えたいです。
私は、医療ソーシャルワーカーの方が、主体的に患者さんを追い出したいと思っているとは考えていません。
むしろ、多くのMSWの方は、その役割を担わされているのだと思います。
病棟から言われる。
医師から言われる。
経営上の事情もある。
診療報酬の仕組みもある。
病院としての機能分担もある。
その中で、誰かが退院や転院の調整をしなければならない。
その「誰か」になっているのが、医療ソーシャルワーカー(MSW)であることが多いのだと思います。
だから、言い方は悪いですが、病院の事情と患者さんの生活の間に立たされる仕事なのだと思います。
これは、かなりしんどいと思います。
ただでさえしんどいのに「追い出し屋」なんて言われたら、たまりません。
ベッドコントロールとソーシャルワークの間にある苦しさ
病院は、継続的に運営されなければなりません。
ベッドが空かなければ、次に医療を必要としている人を受け入れられない。
医療機関としての役割を果たすためには、入院期間や病床の調整が必要になる。
その意味では、ベッドコントロールは現実として必要です。
ただ、それを患者さんや家族の前で伝える仕事は、とても苦しいと思います。
なぜなら、患者さんや家族にとっては、病院の経営や制度の話よりも、
「これからの生活がどうなるのか」
「退院後に本当にやっていけるのか」
「家族だけで支えられるのか」
「転院先はどういったところなのか」
の方が大事だからです。
そこに不安がある中で、
「次の場所を探しましょう」
「退院に向けて考えましょう」
「転院先を調整しましょう」
と言われる。
それは、どうしても冷たく聞こえることがあります。
でもMSWが冷たいのではなく、病院の仕組みや診療報酬の構造そのものが、冷たく見えやすいのだと思います。
私が見てきたMSWは、誠実な人たちだった
私は、医療ソーシャルワーカーとして働いたことはありません。
ただ、病院で実習を受けたことはあります。
その時に見たMSWの方たちは、とても誠実でした。
倫理観もあった。
支援について悩んでいた。
患者さんや家族の生活を、ちゃんと考えていた。
私にはそう見えました。
「ベッドを空けるために、とにかく退院させたい」
そんなふうに仕事をしているようには見えませんでした。
むしろ、病院の中で求められる役割と、ソーシャルワーカーとして大事にしたいことの間で、葛藤しているように見えました。
最近、当時に実習を担当してくださったMSWさんと連絡を取る機会がありました。
その方も、病院という組織の中で葛藤しながら、それでもよりよい支援を実現しようと奮闘されているご様子でした。
だからこそ、医療ソーシャルワーカーを簡単に「追い出し屋」と呼ぶことには、かなり抵抗があります。
でも、内部を知らない人には「追い出し屋」に見えてしまう場面があることも、また否定できない。
ここが難しいところです。
「追い出し屋」という言葉は雑だけれど、背景は見た方がいい
「医療ソーシャルワーカーは追い出し屋だ」
この言葉は、かなり雑で、乱暴です。MSWの仕事全体を表す言葉としては、不正確です。
医療ソーシャルワーカーの仕事は、退院支援だけではありません。
患者さんや家族の相談に乗る。
経済的な問題を整理する。
制度利用を支援する。
他機関と連携する。
病気や障害を抱えながら生活していくための道筋を一緒に考える。
そうした仕事もたくさんあります。
ただし、退院支援や転院調整の場面だけを切り取れば、外から見て「追い出し屋」に見えてしまうことはあると思います。
そして、その見え方には、制度や病院の構造が深く関わっています。
だから、この問題は、「MSWが悪い」で終わらせる話ではありません。
でも、「そんな見方をする患者さんや家族が悪い」で終わらせる話でもありません。
どちらか一方を悪者にしても、課題は解決しないでしょう。
医療ソーシャルワーカーは、板挟みになりやすい仕事だと思う
児童相談所の仕事も、板挟みになることが多いです。
- 保護者の思い
- 子どもの希望
- 子どもの安全
- 学校の事情
- 施設の事情
- 医療機関の事情
- 行政としての判断
いろいろなものの間に立ちます。だから、分かる気がします。
MSWも、かなり板挟みの立場なのだと思います。
患者さんや家族の生活を大事にしたい。
でも、病院の機能も守らないといけない。
医師や病棟の意向もある。
制度上の期限もある。
次に入院を必要としている人もいる。
その中で、退院や転院の話をしなければならない。
これは、きれいな言葉で包んでも、”しんどい仕事”です。
私だったら、かなりつらいというか、怒れてしまう気がします。
だから、医療ソーシャルワーカー(MSW)の方には、率直に敬意があります。
まとめ
最後にもう一度、整理します。
医療ソーシャルワーカー(MSW)は、「追い出し屋」ではありません。
ただし、退院支援や転院調整の場面では、外からそう見えてしまうことがあります。
それは、MSW個人の問題というより、病院の機能、診療報酬、ベッド数、地域資源、家族の受け皿の少なさなどが絡み合った結果だと思います。
MSWは、その構造の中で、患者さんや家族にとって厳しい話を伝えざるを得ないことがある。
その役割だけを見れば、追い出し屋のように見える。
でも、それが医療ソーシャルワーカーの本来の姿ではない。それがすべてでもない。
ここは、ちゃんと分けて考えたいところです。
私は、その葛藤の中で働いている医療ソーシャルワーカー(MSW)の方々に、敬意を表したいです。
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