児童福祉司として対応していて、どうにもできないと感じるケースがあります。
高校生くらいの女の子です。
SNSを通じて知らない大人と会う。
いわゆるパパ活をする。
家に帰らない。
バイクの窃盗や無免許運転など、犯罪に当たる行動もある。
そうした行動を繰り返している中で、知的なハンディキャップがあることが、最近になってようやく分かった。
このような子に対して、児童相談所ができることは、とても限られています。
児童相談所に相談しても、抜本的な解決は難しい
児童相談所は、本人や保護者から話を聞くことができます。
問題を整理し、助言することもできます。
必要な支援機関を紹介することもできます。
ただ、それで本人の行動が変わるかというと、そう簡単ではありません。
本人自身が、自分のことを十分に理解できていないことがあります。
先のことを考える力や、衝動を抑える力も弱い。
危険性を説明すれば、その場では分かったように見えることもあります。
しかし、目の前に楽しそうな誘いや刺激があれば、そちらへ動いてしまう。
「危ないから、もうやめよう」
そう助言するだけで変わるのであれば、ここまで問題は大きくなっていません。
高校生年代になるまでに、親子関係も生活も出来上がっている
高校生年代になると、親子関係もある程度でき上がっています。
長い時間をかけて積み重なってきた関係です。
児童相談所が関わり始めたからといって、簡単に修正できるものではありません。
保護者からすれば、何度いっても聞かない。
約束しても守らない。
家のお金を持ち出す。
しまいには、警察から連絡が来る。
近所にも知られる。迷惑をかける。
「もう限界だ」という状態になっていることもあります。
一方で、本人からすれば、家にいても理解されない。
注意や叱責ばかり受ける。
だから家にはいたくない。
その結果、さらにSNSや外の人間関係へ向かっていきます。
どちらか一方だけが悪いと整理できる話ではありません。
ただ、「誰も悪くない」で済ませてしまえば、現実に起きている問題をぼかすことにもなります。
知的なハンディキャップが分かっても、支援につながるとは限らない
知的なハンディキャップがあることが分かれば、適切な支援につながる。
制度上は、そのように考えられるかもしれません。
しかし、現実はそれほど単純ではありません。
本人は、すでにSNSや繁華街などを通じて、さまざまな楽しさや刺激に触れています。
自由に出歩くことも知っている。
お金をくれる大人がいることも知っている。
バイクに乗る刺激も知っている。
その段階になってから、知的なハンディキャップのある人を前提とした支援や生活の枠組みを示しても、本人がそこに魅力を感じることは、ほとんどありません。
本人からすれば、自分に知的なハンディキャップがあると言われても、今さら受け入れられないのだと思います。
だって自分は、これまでこんなにも「普通」に過ごしてきた。
「普通」に友達もいる。
「普通」に外で遊んできた。
やり方はどうであれ、「普通」にお金を稼ぐこともできている。
そんな自分に対して、ある日突然、
「あなたには知的なハンディキャップがあります」
「これからは支援を受けたほうがいいです」
と言われても、簡単に納得できるはずがありません。
支援する側にとっては、ようやく本人の生きづらさの理由が見えたのかもしれません。
しかし、本人にとっては、それまでの自分を否定されたように感じることもあります。
支援につながるための診断や評価が、かえって本人と支援を遠ざけてしまうこともあります。
本人にとっては、「支援を受ける場所」よりも「自由を制限される場所」に見えてしまう。
支援する側が必要だと考えるものと、本人が求めるものが、大きくずれています。
自立援助ホームを紹介すれば解決するわけでもない
高校生年代であれば、自立援助ホームなどの利用が考えられることもあります。
本人が家を出て、自立した生活を目指す。
その意思が明確であれば、利用が一つの選択肢になることはあります。
ただ、本人の気持ちが、
- 一人暮らしをしてみたい
- 家にいるのは嫌だ
- 親に何も言われず自由に暮らしたい
という程度であれば、継続した利用につながらないこともあります。
自立援助ホームは、好きな時間に出入りして、好きなように生活できる場所ではありません。
生活上のルールがあります。
仕事や学校へ通う必要もあります。
職員との関係もあります。
本人が求めていた自由とは違うと分かれば、すぐに出て行ってしまうこともあります。
場所を紹介することと、本人がそこで生活を続けられることは、別の問題です。
「児童自立支援施設に入れれば更生する」は違う
「児童自立支援施設があるじゃないか」
「そこに入所させれば、子どもは更生するだろう」
そう言われるかもしれません。
確かに、児童自立支援施設は、非行などの行動上の課題がある子どもを支援する施設です。
ただし、児童自立支援施設は、親が扱いに困った子どもを送り込み、望んだ姿に叩き直してもらう施設ではありません。
高校生年代の女の子を、ある日突然、強制的に入所させれば「更生する」というほど単純な話でもありません。
確かに、児童自立支援施設は、制度上、14歳未満だけを対象にした施設ではありません。
ただ、私の実務感覚では、検討の中心になりやすいのは義務教育年代です。
高校生年代になるまで外の刺激に触れ、本人なりの生活や人間関係が出来上がった後では、施設という枠のある生活に乗ること自体が難しくなります。
入所できるかどうかと、入所によって本人が変わるかどうかも、まったく別の話です。
そもそも、児童自立支援施設の目的は、子どもの「不良性を取り除くこと」ではありません。
一人ひとりの状況に応じて、その子どもの自立を支援することです。
「悪い子を施設で更生させる」という発想自体が、すでに施設の役割とずれています。
子どもだけを施設に入れても、同じことを繰り返す
児童自立支援施設に入れば、親が希望した通りの子どもに叩き直してもらえる。
残念ながら、そんなことはありません。
私は、こうした発想に強い嫌悪感があります。
正直に言えば、反吐が出るほど嫌になることもあります。
子どもを施設に入れる。
自分は楽になる。
子どもが自分で反省し、叩き直されて戻ってくればいい。
そのような考え方は間違っています。
さまざまなケースを担当してきて思うのは、子どもの非行や犯罪は、子ども一人の内側だけから生まれるものではないということです。
本人が持って生まれた特性や、衝動性などの影響は確かにあります。
ただ、育てられてきた環境や、親子関係の影響も小さくありません。
子どもだけが変わる。
親は何も変わらない。
それでは、同居するとまた同じことを繰り返す可能性が高いのです。
子どもに変わることを求めるのであれば、親も自分の関わりを振り返り、変わろうとしなければいけません。
それを分からないまま、
「子どもだけを施設に入れてほしい」
「とにかく一時保護してほしい」
と求める親の、なんと多いことか。
現場では、ここまでストレートには言いません。
ただ、これが私の実感です。
親が自分の関わりを振り返らず、罰によって子どもを変えようとする。
子どもに問題のすべてを背負わせる。
そうした関係の中で、子どもが親に失望し、家庭の外に居場所を求めているケースを、私は何度も見てきました。
子どもがSNSや危険な大人へ向かうことは、当然、肯定できません。
しかし、子どもの行動だけを切り取って、
「この子は悪い」
「施設で反省させてほしい」
と話を終わらせることもできません。
親に免罪符を渡すつもりはありません。
施設の中で落ち着いたことと、問題が解決したことは違う
児童自立支援施設に入所し、施設内では問題行動が減ることもあります。
しかし、それだけで問題が解決したとは限りません。
施設には職員の目があります。
生活の枠があります。
行動を抑えざるを得ない環境があります。
その中では、表面的に落ち着いて見えることもあります。
しかし、施設を出て自由になったとき、家庭環境や親子関係が以前のままであれば、同じ行動が繰り返される可能性は高いです。
施設にいる間、本人が何を考え、家庭側が何を変えたのか。
退所した後、本人をどのように支えるのか。
そこまで考えなければ、単に一定期間、問題を先送りしていただけになることもあります。
「犯罪を犯すのを待つ」ような感覚になることがある
言い方は悪いですが、児童福祉司として関わっていると、犯罪を犯し、少年法の枠組みで対応されるのを待っているような感覚になることがあります。
もちろん、本当に犯罪を待っているわけではありません。
犯罪を防ぐために、本人とも保護者とも話をします。
学校や警察、福祉機関とも情報を共有します。
できる対応は考えます。
それでも、児童福祉法の枠組みの中では、本人を継続的に受け止められる場所が見つからない。
本人も支援を受けようとしない。
家庭にも戻りにくい。
児童福祉施設にもなじまない。
そのまま危険な行動が続き、重大な事件が起きたところで、ようやく司法の枠組みが本格的に動き始める。
そんな経過になることがあります。
児童相談所や地域によっては、このような子に対しても、居場所や支援を提供できるのかもしれません。
本人が「ここにいたい」と思える場所を持っている地域もあるでしょう。
ただ、私の知る範囲では、そこまでの支援を用意するのは難しいことが多いです。
児童福祉法と少年法の間にいる子どもたち
このような子どもたちは、制度の狭間にいます。
児童福祉法の支援だけでは対応しきれない。
しかし、少年事件として継続的な処遇が行われる段階にも至っていない。
知的なハンディキャップはある。
それでも、本人が障害福祉の支援を望んでいるわけではない。
家庭では生活を続けにくい。
しかし、施設に入れば安定するとも限らない。
どの制度にも少しずつ当てはまります。
同時に、どの制度にもうまく乗り切れません。
「困った子」の相談を受けながら、明確な答えを出せない
保護者からは、
「子どもがこんな状態になっていて困っています」
「どこかに入所させて更生させてほしい」
と相談を受けます。
保護者が困っていることは、よく分かります。
本人の行動によって、家庭生活が壊れかけていると言われることもあります。
それでも、児童福祉司が明確な解決方法を示せるとは限りません。
「この施設へ入れば解決します」
「この支援を利用すれば落ち着きます」
とは、簡単に言えません。
紹介できる場所があっても、本人が利用を続けられなければ効果がありません。
親子で話し合うよう助言しても、すでに話し合える関係ではなくなっていることもあります。
「困った子」と見られている本人も、実際には自分の特性や衝動をうまく扱えず、困っているのかもしれません。
ただ、本人が困っているからといって、周囲が受けている被害や負担が消えるわけでもありません。
親の関わり方に問題(虐待含む)があるからといって、本人の犯罪や危険な行動が許されるわけでもありません。
きれいに整理することはできません。
児童福祉司として話を聞き、状況を整理し、利用できる支援を探す。
本人にも、親にも、変わる必要があることを伝える。
それでも、何ともできない部分が残ります。
高校生年代になってから知的なハンディキャップが分かり、すでに危険な行動や犯罪に当たる行動を繰り返している子への支援は、本当に難しいです。
「児童自立支援施設に入れればいい」
「親がもっと頑張ればいい」
「本人が反省すればいい」
そのような一言では、どうにもなりません。
制度の狭間という言葉だけでは片づけられないほど、現場では具体的に行き詰まっています。


コメント