「なんで児童相談所で長くやれているんですか?」
たまにこう聞かれます。
児童相談所の児童福祉司は、激務で大変、そしてメンタルがやられやすい仕事だというイメージが強いと思います。
実際、中に入ってみると、そのイメージはかなり現実に近いです。
子ども家庭庁の調査でも、児相の退職者で1番の理由は「心身の不調」です。
それでも私は、児童相談所で働き始めてから、自分の職歴の中で一番長い期間、ケースワーカーを続けています。
途中で何度も「もう無理では?」と思ったし、「さっさと他に行かせてくれ」と本気で願っていた時期もあります。
▼こんな記事を書いたこともあります。
それでも、いまも児童相談所に残っている。
今日は、その理由を、きれいごと抜きでまとめてみたいと思います。
児童相談所に来たときに感じていた「違和感」

正直に言うと、児童相談所に来た当初、私はアウトサイダーでした。
もともと私は、精神障害者分野で働いていました。
だからこそ、児童相談所・児童福祉の世界に入って、いくつか強い違和感を覚えました。
自己決定と情報の扱いへのギャップ
精神障害者の分野では、
- 本人の自己決定をどこまで尊重するか
- 本人の同意なく情報をどこまで他機関に伝えるか
このあたりについて、かなり神経質なレベルで気をつかっていました。
本人の同意がなければ、たとえ支援に必要そうでも、関係機関には言わない。
これくらいの感覚でやってきました。
支援関係をつくることも、壊すこともある、重要なポイントだと考えていたからです。
ところが、児童相談所の世界に来てみると、
「子どものことなんだから、関係機関に共有して当たり前」
という感覚の人も、決して少なくないように感じました。
もちろん、子どもの安全のために情報共有が必須な場面もたくさんあります。
一方で、子どもが思春期〜青年期に差し掛かっているケースも多い。
特にそうした子どもへの対応で、本人のプライバシーや人権への配慮が薄いまま進めてしまうと、
- 信頼関係がごっそり崩れる
- 本人の決定能力を軽んじる
- 後から「勝手に話されていた」と感じさせてしまう
こういう事態が簡単に起こる。
だから改めて思います。
「子どもだから」と雑に扱っていい情報なんて、ほんとは一つもない。
この感覚は、今もずっと大事にしています。
「この家、ちょっと匂うな」という感覚から始まった

そんなわけで、児童相談所に来たばかりの頃の私は、
児童福祉の世界に対して、どこか
「この家、ちょっと匂うな…」
と感じているよそ者でした。
ところが、数年以上たった今、気がつけば私自身が、
この「家」の空気にそれなりに馴染んでいる側になっています。
今の自分からすれば、
「障害者分野や大人の分野の匂いのほうが、むしろ懐かしく感じる」
そんな状態になってきました。
いまはもう、自分のアイデンティティの一部が児童相談所・児童福祉寄りになった、
そのくらいの感覚があります。
児童相談所で長く働くために、絶対に必要だったもの7つ

ここからが本題です。
児童相談所の激務とメンタル負荷の中で、なんとか折れずに続けてこられた理由を整理すると、少なくとも次の7つがありました。
絶対に必要だったもの7つ
- 根性・粘り強さ(まずはそこからだった)
- 本と習慣で、自分のメンタルと行動を組み立て直したこと
- それまでの現場経験・専門性を、遠慮なくフル活用したこと
- 職場で「仲間」と思える人とのつながりができたこと
- モデルとなるソーシャルワーカーとの出会いと、そのもとでの修行
- 家庭(妻)の存在という、人生の土台があったこと
- 「理想の職場はどこかにある」のではなく、「育てるもの」だと理解
順番に、もう少し具体的に話していきます。
正直、最初に必要だったのは「根性」と「粘り強さ」

言い方はきれいじゃないですが、まず最初に必要だったのは、根性と粘り強さでした。
「児童相談所?いやいや、あれは根性いりますよ」
と精神科出身の自分が言うのもなんですが、本当にそう思います。
- 何度も「もう辞めたい」と思った
- 「向いてないから、早く別のところに異動させてくれ」と本気で願った
- 「ここで潰れるくらいなら、他でやり直した方がいいのでは」と自問自答
そんな時期が何度もありました。
それでも続けてこられたのは、
「簡単には諦めない」って、ある意味、根性だけで踏みとどまった時期が確かにあった
からだと思っています。
「3年続けたら見える」と言われがちですが、正直なところ、
3年やっても分からないものは分からない
というのが、私の実感です。
少なくとも児童相談所のケースワーカーについては、
「3年頑張ったから、もう別の分野に行かせてよ」という気持ちはあったけれど、
3年でようやくスタートラインの端っこに立てたかどうか、その程度でした。
本と習慣で、自分のメンタルと行動を組み立て直した

ただ、根性だけでは確実に折れていました。
私が折れずにやってこれた背景には、
- 自分の習慣を見直したこと
- 本を通して、自分の考え方・行動パターンを組み替えていったこと
この2つがあります。
過去の記事で、私が自分の習慣の構造をどう整えていったかをまとめたものがあります。
また、それを支えてくれた本たちを紹介した記事も書きました。
▼以下の2記事です。
「しんどい経験やどうしようもない状況の答えは、すでに誰かが本の中に書いてくれている」
私は、かなり本気でそう信じています。
もちろん、その本が「児童相談所向け」「児童福祉司向け」に書かれているわけではありません。
だからこそ、
- 本に書いてあることを、抽象化して理解する
- それを、児童相談所や児童福祉の現場に自分で当てはめ直す
- 「これは使える」「これはこの現場では無理」と、試行錯誤しながら選び取る
この作業を、ひたすら繰り返しました。
ここで重要だと思っているのは、
本を読みっぱなしにしないこと
必ず、何か1つでも行動に落とすこと
です。
私は、感覚だけでスッと適応できるタイプではありません。
どちらかというと、

あんまり向いてなさそうだな、この人

メンタル大丈夫か?
そんな印象からスタートしているタイプでした。
だからこそ、行動レベルの習慣に落とし込むことが必要でした。
ひたすら積み上げる以外に、選択肢がなかったとも言えます。
これまでの現場経験を、フル活用した

もう一つ、大きな支えになったのは、
児童相談所に来る前に経験していた、
- 障害児分野
- 入所施設での勤務経験
- 精神障害者分野
などです。
児童相談所のケースに関わっていると、保護者の中には
- 精神障害のある方
- 知的障害のある方
- 診断はついていないけれど、それに相当する困難を抱えている方
が一定数います。
子ども側にも、
- 発達障害
- 知的障害
- メンタルの不調
- 将来的にはパーソナリティ障害的な問題に発展しそうな特徴
を持つ子たちがいます。
愛着の課題があって、自傷・ODなどの行動に至りうる子どもたちもいます。
こうしたケースで、以前の経験や知識はダイレクトに役立つことがあります。
さらに、入所施設で子どもと関わっていた経験があると、
- 家の中で何が起きていそうか
- 大人と子どもの間で、どんな不具合が起きていそうか
- 学校や地域で、子どもがどうふるまっていそうか
こうしたことを具体的に想像しやすくなります。
児童相談所で子どもと関われる時間は、実はそれほど多くありません。
面接で見えている子どもの姿と、家庭・学校・地域での姿は、違っていて当たり前。
その「見えない時間」を想像するときに、
これまでの直接支援の経験が、かなり強い武器になる。
私はそう感じています。
周りとつながれず、半ば“孤立していた”時期から、仲間ができるまで

次に大きかったのは、職場での人とのつながりです。
とはいえ、最初から仲間に恵まれていたわけではありません。
むしろ初期の私は、
ほとんど孤立している状態
でした。
- とにかく業務をこなすので精一杯
- 自分の考えや色なんて出している余裕はない
- 組織の中で「どうやって壊れずにやり過ごすか」で頭がいっぱい
そんな日々でした。
少しずつ仕事に慣れてきて、ようやく
「これ、子どもの利益を考えると、やり方変えた方がよくない?」
「もう一歩踏み込んだ方がいいんじゃないか?」
と、自分なりの意見を出せるようになってきます。
そこから少しずつ、
私のやり方やスタンスを見ていた人たちが声をかけてくれて、
ありがたいことに、「仲間の輪」に招き入れてもらえるようになりました。
仲間のつながりは、今も続いています。
細く、長く。
ただ、「仲間のおかげで続けられた」と美談で終わらせたくありません。
正直なところ、「ほぼ1人で耐え抜いていた期間」も相当、長かった。
これもまた事実だからです。
ケースワークは基本的に個人プレーです。
同じケースを同じ目線で、一緒にやる機会は多くありません。
だからこそ、仲間との会話は、
共通のケースの細かい指示出しではなく
- 自分の支援のスタンス
- 仕事のつらさ、しんどさ、やりがい
- 情報交換や、ちょっとした愚痴や笑い
こういった普遍的なテーマになることが多いです。
それでも、仲間関係があるだけで、
「この仕事も、まあ悪くないか」
と思える瞬間が増えたのは事実です。
激務の中での、ささやかな促進剤になっていました。
「この人だ」と思えるモデルとの出会いと、そのもとでの修行

そして、私にとって決定的だったのが、
「この人こそソーシャルワーカーだ」と思えるモデルとの出会いです。
ソーシャルワーカーや児童福祉司の仕事は、
言葉で説明しようと思えば、いくらでも説明できます。
ただ実際には、
「言うのは簡単だけど、本当に現場でやれているのか?」
という壁に、いつもぶつかります。
- 支援について語れば語るほど、自分の首が締まる
- 立派なことを言えば言うほど、「それ、あなたやってます?」と自分に返ってくる
こうした専門職。
最近、私はブログで支援についてだいぶ踏み込んで書くようになりましたが、
内心では、
「自分で自分の首を締めているな…」
という自覚があります。
言ったからには、やらないといけない。
言葉にするからには、覚悟が必要でした。
児童相談所に来て数年の間、私は、
「この人みたいになりたい」
と思える人に、なかなか出会えませんでした。
そんな中で、あるケースの仕事をきっかけに、
一緒に関わることになったケースワーカーさんがいました。
その人の、
- 子どもへの向き合い方
- 仕事への向き合い方
- 専門性の深さ
- 同僚である私への接し方の誠実さ
どれを取っても、卓越していました。
「こんな人が、児童相談所にいるのか」
と、正直、ビビっときました。
私は心の中で、
「この人のもとで働けたら、自分は児童相談所の仕事に光を見いだせるかもしれない」
「逆に、この人のもとでもダメなら、本当に向いていないんだと諦めもつくだろう」
とまで思っていました。
いろんな人に「その人のもとで働きたい」と話し、
どうつながったのかは分かりませんが、私は実際にその人のもとで働くことが叶いました。
そこからの数年間は、正直に言って、
毎日が修行であり、鍛え直しであり、脳の構造改革
の連続でした。
同時に、
- 自分ができること
- 自分には難しいこと
についての理解が一気に深まりました。
そして何より、
「この人こそソーシャルワーカーだ」と心から尊敬できる人に認めてもらえたこと
これは、私にとって大きな支えになりました。
「自分は、この仕事を続けていく価値があるのかもしれない」
そう思えるようになったのは、この経験が大きいです。
その一方で、ここまで来てしまった以上、
「自分のノウハウや考え方を、後の世代に渡していく責任もある」
そう感じるようにもなりました。
だからこそ、ブログで支援の話を書きはじめた部分もあります。
自分を育ててくれた人たちへの恩返しであり、
結果的に、子どもたちやクライエントへの還元にもなればと思っています。
妻という「安全基地」があったこと

絶対に外せないのが、妻の存在です。
人が生きていくうえで、
- 愛情
- 所属感
といった欲求は、決して軽視できません。
このあたりが満たされないまま、
児童相談所のようなしんどくて、感情を揺さぶられまくる現場で働くとどうなるか。
職場やクライエントに対して、
- 過剰に承認を求めてしまう
- 「嫌われたくない」が強くなりすぎる
- クライエントとの距離が近づきすぎて、境界線が曖昧になる
こういったリスクが、一気に高まると思います。
プライベートで満たされていない部分を、支援の場で埋めようとすると、支援はゆがむ。
これは、自分自身への戒めでもあります。
だから私は、このブログで
あえて恋愛や結婚のカテゴリもつくっています。
それは、
「ソーシャルワーカーとして働く前に、1人の人間としての土台を整えることが、結局は支援の質にも直結する」
と考えているからです。
私自身、妻という安心できる所属先があったからこそ、
職場にすべてを求めずに済みました。
- 職場では、是々非々で議論する
- 嫌われることを極端に恐れない
- 「クライエントに好かれること」よりも「クライエントの利益」を優先できる
このスタンスを取りやすくなったのは、
プライベートがある程度満たされていたからだと思います。
「理想の職場はどこかにある」のではなく、「育てるもの」だと理解した

最後にもう一つ、私の中で大きな転機になった考え方があります。
私はこれまで、
- 「児童福祉司に向いていないのではないか」
- 「自分にぴったり合う理想の職場が、どこかにあるのではないか」
と、たびたび思い続けていました。
壁にぶつかるたびにしんどくなり、
「辞めた方が早いのでは?」
「ここに長くいるほど退路がなくなるだけでは?」
と考えた時期も何度もあります。
そのうえで今、強く実感しているのは、
私にとって、
どんな仕事にも、しんどさや理不尽さ、合わなさは必ずある
ということです。
『科学的な適職』という本でも書かれていますが、
「天職はどこかに落ちているものではなく、働きながら育てていくもの」
という考え方に出会ったとき、私はかなり救われました。
児童相談所の児童福祉司として働くことも、まさにそうだと思います。
- 仕事を続けていくうちに、自分自身も変わる
- 職場との相性も、その変化に応じて変わる
- 役割やポジションが変わるたびに、仕事との関係も変わっていく
この現実を受け入れられるようになってから、
私は以前よりも粘り強く、児童相談所の仕事に向き合えるようになりました。
児童相談所の激務とメンタルに向き合うあなたへ

かなり正直に、自分の話を書いてきました。
まとめると、私が児童相談所の激務の中で折れずにやってこられたのは、
折れずにやってこられた理由7つ
- 根性・粘り強さで、まずは踏ん張ったこと
- 本と習慣で、自分のメンタルと行動を組み立て直したこと
- これまでの経験・専門性を、ためらわず現場に持ち込んだこと
- 孤立から抜け出し、「仲間」と思える存在ができたこと
- モデルとなるソーシャルワーカーとの出会いと、そのもとでの修行を経たこと
- 妻という「安全基地」があり、プライベートの土台があったこと
- 「天職は見つけるより育てるもの」という考え方に出会ったこと
このあたりが、大きなポイントでした。
あなたが今、
- 児童相談所の仕事がしんどい
- 児童福祉司を続けるか悩んでいる
- メンタル的に限界が近い気がしている
こうした状態でこの記事を読んでいるなら、
どれか1つでも、ヒントや救いになる部分があれば嬉しいです。
あなたが今の仕事にどう向き合うか。
児童福祉司・ソーシャルワーカーとして今後どうしていくか。
その考えを整理するための、材料の1つになれば、これ以上の喜びはありません。
読んでくださって、本当にありがとうございました。
あなたのこれからに、少しでも多くの幸あれ。

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