【福祉現場】利用者との遊びで勝つ【父性・パターナリズム論】

しゃふく・PSWの実務ノウハウ
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え?利用者との遊びで勝つ?

負けたらええのに・・・

批判・意見があるのは承知。

遊びで勝つ効果をパターナリズム・父性とからめて話していくぞ。

こんにちは!社会福祉士・精神保健福祉士のぱーぱすです。

福祉現場の遊びっていろんな種類がありますよね。利用者さんや患者さんから「遊びましょう」ということで始まる。例えば、ボードゲーム、カードとかトランプ、将棋、オセロ、卓球、バドミントンとかです。

こういう遊び、勝ったほうがいいのか、負けた方がいいのか、”どちらでも良い・普通にすれば良い”のか。3つの考え方があると思います。3つそれぞれに、考えの根拠があるし、価値があります。

今回私があえて言いたいのは、利用者との遊びで勝ちを狙う意味・価値についてです。

勝つと自分の気分が良い、負けると気分が悪いって話ではありません。そうした考えは自分本位でしかないので論外と考えています。

遊びの勝ち負けを支援・関係性にどう役立てるかという視点で考えます。「利用者に勝つ」ことは悪いことではなく、勝つことで利用者との関係性を変容させることができる可能性があります。

勝つなんて言うと、「大人げないんじゃないか」とか、「仕事・サービスなんだから負けるべきなんじゃないか」というようなご批判があろうかと思います。そういったご意見も含めて解説していく内容になっています。

色んな遊びを通してどう関わると良いか、広い知識をもって対応できるようになる記事となっております。ただ、違った考え方の方も多いと想定します。私の考え方や捉え方の個性が強いとがった記事かもしれません。

それではまいりましょう!

【福祉現場】利用者との遊びで勝つ【父性・パターナリズム論】

負けた方が良い根拠

まず負けるべきとする考え方を説明します。利用者との遊びで負けるべきとする考えの根拠は何でしょうか?

例えばそれは、支援者が負けることで、利用者の自己効力感や自信につながると考えられるからです。利用者は勝てて嬉しい。

中には、「勝てれば面白い」「負ければ面白くない」というとらえ方の人もいます。遊びで支援者が負ければ、利用者を傷つけないでしょう。

さらに、利用者が児童の場合。「手加減しないなんて大人げない」という考え方があります。子どもには勝たせて、喜ばせてあげた方が良いという教育観も理解できます。

他には「そもそも仕事・サービスなんだから負けるべき」という考え方があります。例えば、デイケアの職場につとめた知人女性によると、そこの院長が「君たちはお酒を持たないホステスだと心得て仕事しなさい」といって、患者さんが積極的にデイケアへ通所するように努力をうながしていたようです。通所者が多い方が病院の利益にはなりますが、かなり露骨な表現ですね・・・。そうしたデイケアであれば、遊びはもちろん接待のごとく負けることを求められたでしょう。

普通にすれば良い(勝っても負けても良い)根拠

次の考え方はどっちでもいい、普通にすればいいっていう考え方です。遊びのルール上は勝ちを自然と狙うことになりますが、勝ち負けに積極的な意味をおかない考え方です。

例えば「勝つべきとか負けるべきとか、そもそも考えすぎなんじゃないか」っていう意見があります。この意見には「勝っても負けても大して変わらないんじゃないか」という考えが根底にあるでしょう。遊びの勝ち負けに、特に意味を感じていない立場でしょう。

他には、利用者との関係は対等性が大切なのに「負けてあげる」みたいな考え方は、温情的・上から目線であるとする考え。だから普通にした方が良い、という意見もあります。

最後に、「無理して負けてもわかってしまうんじゃないか」「嘘くさい感じになるんじゃないか」という意見。うそ偽りない関係性を育ててこそ、信頼関係が醸成されるという考えです。ウソがあるとわかったとき、誠実性・信頼性は損なわれ、信頼関係に傷をつけかねない。それは、支援関係における私たちの言動の価値を損なうことになるでしょうし、ひいては利用者の利益が下がるリスクがあると思います。私自身、相談支援関係をつくる意図があるときは、この考え方で遊びに参加しています

勝った方が良い根拠~「勝ち」が父性・パターナリズムに通じる~

最後に私が価値を考え直したいのが、「勝ちを積極的に狙いたい場面」です。それは、利用者との関係において、私たちのことを父性的に見えるようにしたい場合です。

まず、遊びであっても何であっても、勝つことはあなたの「強さ」の顕示につながります。そして、その「強さ」は父性の象徴です。

つまり、遊びで勝つことは、利用者が私たちのことを父性的に捉えるポイントになるのです。(もちろん、遊びで勝つだけで父性的にうつるわけではありません) 父性を関係性に落とし込むには、遊びであっても負けるのは避けたい。勝つ姿を見せることが必要になります。

なお、父性は女性にも備わります。男性にも女性にも、母性・父性がそれぞれあるのです。そのバランスが人によって違うということです。なので、父性を関係性に用いるのは、男性に限らず、女性でもできることです。逆にいうと、男性が母性的な関わりをすることも可能です。

あのさ。

父性的に見えるようにしたい場面って、どんな場面やねん。

例えば、今後の利用者との関係で、規範を伝える必要がある場合だ。

特に、児童福祉の分野では、子ども達の社会性を育てる、危険な行為を予防・阻止するためには、父性的な関わり、パターナリズムが時に必要と考えます。 ※パターナリズムとは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益を守るため、本人の意志にかかわらず介入したり、干渉・支援することです。

例えば、児童が他の児童を殴ってケガをさせてしまった時。その児童は「イライラしてたから」と理由を話します。これに対して「そんな時もあるよね。」と許すのは、母性的な関わりです。しかし、深刻なケースだと、許された児童の暴力は繰り返し起きるので、母性的な関わりだけでは限界が見えてきます。福祉現場は優しい方、母性的な方が多いので、「手に負えない」という事態になりがちです。

いっぽう、「どんな理由があっても、人を殴ることは許されない」と叱責し、共感よりも規範を優先するのが父性的な関わりです。ところがこの時、その児童との関係が、普段から弱々しい、友達的な感じだと「お前の言うことなんか聞くか!」「うるさい!黙れ!」と聞き入れられないことになりがちです。これではその児童の社会性は育たないわけで、「世の中の規範なんてクソくらえ」「大人だってオレにはかなわない」ってことになってしまいます。

なので、普段から「この人にはかなわない」「言うことを聞かないといけない」と、強さと規範を感じられる存在であること、関係性をつくっておくことが、児童福祉の分野では必要なことがあるでしょう。父性的な人物の言葉には畏敬の念を感じ、しっかりと耳を傾けようとするものです。

ここで、遊びの勝ち負けの話に戻ります。

強く、規範を示す存在。父性的な関係性をつくるためには、遊びであっても負けてられないのです。勝って父性的な強さを見せておくことが、いざという時にその児童の社会性を育てることにつながるのです。(繰り返しますが、遊びでかつこと”だけ”では父性的な関係性はつくれません。あくまで一つの要素です。)

こうした父性論は、強い立場と弱い立場、上下関係を意図的につくる意味において、また、時に強制的に介入することをいとわない点において、パターナリズムに通じるでしょう。

児童福祉分野以外でも、父性・パターナリズムには価値がある

今回は児童福祉の例で話しましたが、大人の分野でも時にパターナリズムは必要と考えられます。

例えば、精神疾患の急性期で、自傷他害のおそれがあるのに同意をとれない窮迫状態のときです。人命を守るためにはパターナリズム、強制的な介入をせざるを得ないことがあるでしょう。

自閉症スペクトラム等、発達障がいのある方については、児童でも大人でもパニック時がその場面です。普段はインフォームドコンセントが基本ですが、発達障がいの特性によって「パニック」におちいり、自傷他害のおそれがある場面では、会話が成り立ちません

ここでいう「パニック」とは、一般的につかわれる混乱くらいの意味ではなく、聴覚や視覚情報が遮断されて自傷他害のおそれがある状態のことです。こうした時は、一時的に身柄を安全な場所へうつすなど、強制的な介入・干渉をせざるをえないことがあるでしょう。

当然ながら、強制的な介入は人権を侵すおそれがあります。事前の了解を得たり、記録を詳細にとること、しかるべき権限のある人(精神保健指定医など)が対応にあたることが必要と考えられます。

まとめ

利用者との関係性に父性を落とし込む必要性があれば、遊びであっても勝つ方が良いでしょう。勝ちは強さの顕示につながり、強さは父性の象徴だからです。

でも、今後に父性やパターナリズムの必要な場面がないのであれば、遊びは勝っても負けてもどちらでも良いと思います。自然に遊ぶことが誠実でしょうし、ウソ偽りなく、信頼関係を育てることになるでしょう。

信頼関係の中で利用者さんは自分の思いを話しやすくなるし、自然な開放性が得られるもの。パターナリズムが原則になってしまってはいけません。支援者の言葉に従わないといけない関係性では、自由な選択・主体的な選択・生き方は選べなくなってしまいますから。社会福祉士や精神保健福祉士の原則は対等性。時に勝って、時に負ける、時に教え、時に教えられる。対等とは、そうした立場の変動性に表れると思います。

なので、原則はやはり対等性父性・パターナリズムは特定分野・特定条件においてのみ有効ということを最後にお伝えいたします。

以上、【福祉現場】利用者との遊びで勝つ【父性・パターナリズム論】という話題でした。

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パターナリズムは、近年は旧時代の考え方のごとく、悪い方法・主義としてとらえられがちです。インフォームドコンセントが原則なことに異論はありませんが、「パターナリズムも時に必要」というのが私の考えです。

福祉現場のパターナリズムの価値を再考しよう

【関連書籍】父滅の刃~消えた父親はどこへ アニメ・映画の心理分析~

「父性」について、とてもわかりやすく解説された精神科医 樺沢紫苑氏の著書。最近はアニメ「鬼滅の刃」がとても流行していますが、なぜ「鬼滅の刃」が流行するかわかる方はおられるでしょうか?ガンダムやエヴァンゲリオン、ジブリ映画など、誰もが観たことのあるアニメや映画について、その時代の「父性」を切り口に分析されています。福祉と関係ないと思われるでしょうが、とんでもない。私には目からうろこでした。特に、現在の支援に行き詰まっている方や、父性やパターナリズムに関心のある方に役立つ本でしょう。

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